第三回講義    §3 予期の予期



    Niklas Luhmann (1927-199?)
    1968年からビールフェルト大学教授。
    主な著書に、『法社会学』1972 『社会システム』1984 『社会の科学』1990などがある。

 ここでは、ルーマン『法社会学』村上淳一、六本佳平訳、岩波書店訳(1977)から引用しつつ、「ダブル・コンティンジェンシー」「予期の予期」の概念について説明したい。

・複雑性、不確定性(偶然性)の定義
「複雑性(Komplexitaet)というのは、現実化されうる以上の可能性がつねに存在するということを指す。また不確定性(Kontingenz)というのは、次に来る体験の可能性として指示されたことが予期されたのとは別様に生起しうるということを指す。」38
「複雑性とは、選択が強制されることを意味し、不確実性とは予期が外れる危険性、および、もろもろの危険に対応する必要性を意味する。」38

・他我による「ダブル・コンティンジェンシー」の発生
「複雑かつ不確定的でありながら、しかも予期可能的に構造化されたこのような世界の中には、他の意味と並んで他の人間が存在する。他の人間は、自己と同様に、独自の体験と行為との源泉にほかならぬものとして、すなわち「他我」として、自我の視野に入ってくる。」38
「他の人間によって現実化された可能性は、私にとってもまた可能であり、私の可能性でもあるわけであって、たとえば所有という法制度も、そのような事態に対処するものとしてのみ意味を有する。」39
「それに対して支払わなければならない代償は、危険の増大にある。すなわち、知覚の場の単純な不確定性が,社会的な世界における二重の不確定性(ダブル・コンティンジェンシー)へと高められることにある。」39

「他者にとっても世界は複雑であり、不確定であるのだ。かれは誤るかもしれない。かれの予期ははずれるかもしれない。そしてかれは私の予期に反して行動するかもしれない。かれが意図して私の予期に違背することもありうる。他人の視座をとることに対する代償は、誇張して言うならば、他人の視座が必ずしもあてにならないということにある。」39

・予期の予期、予期の予期の予期、・・・
「単純な不確定性に対しては、多かれ少なかれ違背に耐えうるように安定した予期構造が形成される。それは、例えば、夜に続いて昼がくるとか、家屋は明日もまだ建ったままであろうとか、収穫はもたらされるだろうとか、子供達はおおきくなるだろうとかの予期を生み出す。しかし、二重の不確定性に対しては、これとは別種の、はるかに複雑で、はるかに多くの前提の上にたてられた予期構造、すなわち、予期の予期(Erwartung von Erwartungen)が必要である。他の人間の行動が自由だということのために、予期の場の危険も、その複雑さも大きくなる。それに対応して、予期構造もより複雑に、より変動にとんだものとして組み立てられなければならない。」39

「さらに第三の、また第四の反射面があること、つまり予期の予期の予期、予期の予期の予期の予期、などがある。・・・・少なくとも、三段階の反射があってはじめて、人は、例えば他人がその時々に安心して自己表出ができるように社交術をよって配慮し得るだけでなく、他人の予期の予期の確実性をも大切にすることが出来るのである。例えば、妻がいつも冷たい食事を出し、夫もそれを予期していることを妻が予期しているとすると、夫の方は、妻のこの予期の予期を予期できなくてはならない。そうでないと、夫は次のことがわからないのである。それは、夫が妻の予期に反して暖かいスープをほしがったりすれば、そのことは、ただ妻を困惑させるのみならず、その上に、夫に関する妻の予期の確実性を揺るがすことになり、ついには、妻が夫を気まぐれで当てにならない人物として予期するのを夫が予期する、という新たな平衡点に達することになりかねない。」41

・ルールの機能
「準則への志向によって、予期への志向は不要になる。のみならず、予期の誤算の危険を解消してしまう。なぜなら、準則のおかげで、人はそれに違反する者は間違って行動したのであり、その予期と実際との食い違いは自分の間違った予期にではなく、他者の間違った行為に帰責されうる、という前提に立つことができるからである。」44


<認知的予期と規範的予期の区別>
予期がはずれた場合の修正方法には、二種類ある。「違背された予期を変更して、予期に反した現実に適応する方法と、予期を固持し、予期に反した現実に逆らってそのままやっていく方法とである。前者の態度が支配的である場合を、認知的予期、後者の態度が支配的である場合を規範的予期と呼ぶことができる。」49

・事例
「秘書が若く、美しく、金髪であるというようなことは、せいぜい認知的に予期し得るにすぎない。・・・これに対して、秘書が一定の仕事が出来るということは、規範的に予期される。」
「認知的予期の特徴は、必ずしも意識されているとは限らないが、学習の用意が出来ているということにあり、規範的予期の特徴は、違背から学ばないという決意にある。」50

「二段階の予期反射においては、4つの組み合わせの可能性・・すなわち、
   認知的ー認知的、
   認知的ー規範的、
   規範的ー認知的、
   規範的ー規範的
                         がある。」57

<入江:「規範的予期」概念への批判>
規範的予期が違背から学ばないというのは、例えば新しく雇った秘書がタイプが打てないということが、予期に反したときに、その事実を認めないということではない。そうではなくて、そのような事があっても、秘書はタイプを打てるべきだという、考えを変更しないし、次に雇うときも、今度の秘書はタイプが打てるだろう、という予期をするということである。しかし、ここで「秘書はタイプが打てるべきだ」という考えは、予期ではない。それもとづいて「今度の秘書はタイプが打てるだろう」と考えるならば、それは予期である。後者の予期は、外れたら、変更される。つまり認知的予期である。前者の考えは、規範的な内容を持つが、予期ではない。つまり、ルーマンのいう規範的予期とは、ある規範にもとづいて行われる認知的予期である。つまり、予期には、認知的予期しかない。もし、先の場合の予期が「今度の秘書はタイプが打てるべきだ」という内容だとすると、これが無能な秘書の登場によって訂正されることはない。なぜなら、その当為命題は、事実命題とは矛盾しないからである。そのような予期は、論理的に違背にあわない。つまり、それは、じつは予期ではない。}





・事例(入江)
認知的ー認知的  教師は遅れてくるだろうと学生が予期しているだろうと教師は予期して遅れてゆく。
認知的ー規範的  大雨でも警報がでていなければ授業があるだろうと学生が予期することを大学側は予期する。
規範的ー認知的  授業中はだれも私語をしないだろうと教師が予期していることを学生は予期している
規範的ー規範的  赤信号で止まると相手が予期していると予期して止まる。