第8回講義

4 自然権と自然法

<権利と法の定義>
「<権利>は、ある行為をやったりやらなかったりする自由であり、<法>は、そのどちらかに決定し、それを拘束するものである。したがって、法と権利には、義務と自由のような違いがあり、同一の事柄に関して両者が一致することはない。」
(訳160)

<自然権の定義>
「自然権(right of nature)とは、各人が自分自身の自然すなわち生命を維持するために、自分の力を自分が欲するように用いうるよう各人がもっている自由である。したがって、それは自分自身の判断と理性とにおいて、そのためにもっとも適当な手段であると考えられるあらゆることを行う自由である。」(159)
   「自由」:この語の本来の意味に従えば、外的な障害の存在しないことと解される。(159)
 自然状態では「人はだれでもあらゆるものにたいして、お互いに相手の身体にたいしてまで権利をもつ。」

・自然法の定義:理性が発見する自己保存のための法則
「自然法(law of nature)とは、理性によって発見された戒律または一般的法則であり、それによって人はその生命を破壊したり、生命維持の手段を奪い去るような事柄をおこなったり、また生命がもっともよく維持されると彼が考えることを怠ることが禁じられる。」

<基本的な自然法>「平和をもとめ、それにしたがえ」
             それが不可能な場合には、
             「可能なあらゆる方法によって、自分自身を守れ」  

「各人は望みのある限り、平和をかち取るように努力すべきである。それが不可能の場合には、戦争によるあらゆる援助を利益を求め、かつこれを用いても良い。」
    この法則の第1の部分は、最初のしかも基本的な自然法を含んでいる。
    「平和を求め、それに従え」
    第2の部分は、自然権の要約である。
    「可能なあらゆる方法によって、自分自身を守れ」

(注解:自然状態が、戦争状態であるならば、いつ平和の可能性があるのだろうか。戦争状態の中に平和の可能性がなければ、いつになっても国家契約へ移行できない。いつ移行するのか。)

<第二の自然法>この基本的自然法から第二の自然法が引き出される。
<平和のために必要ならば、自然権を放棄せよ」
「平和のために、また自己防衛のためにも必要であると考えられる限りに於て、人は、他の人々も同意するならば、万物に対するこの権利を喜んで放棄すべきである。そして自分が他の人々に対してもつ自由は、他の人々が自分にたいして持つことを自分が進んで認めることの出来る範囲で満足すべきである。」
  ホッブズは、これが、福音書の黄金律「すべて自分にしてもらいたいことは、  あなた方もそのように人々にせよ」(マタイ福音書7/12)や、万人の法「自  らの求めざるところを、他に行うなかれ」と同じ主旨のものであるという。

<第3の自然法>
  「行われた信約は履行すべし」(172)

*その他の自然法
第4の自然法 報恩
  「他人から単なる恩恵によって利益を受けた者は、相手にその善意を後悔す   るもっともな原因を与えることのないように努力しなければならない。」   (178)
第5の自然法 相互順応
  「各人は、自分以外の人々に順応するよう努めること」
第6の自然法 許容
  「過去の罪を悔い改め、許容を望む者については、将来についての配慮にも   とづいて、許してやるべきである。」
第7の自然法
  「報復においては、人の過去の悪の大きさを見ず、将来の善の大きさを見る  こと」
  処罰にさして私達が、犯罪者の矯正とか、他の者の教化以外の、どのような  意図を持つことも禁じられているのは、まさにこれによってである。
第8の自然法 傲慢であるな
  「何人も、行為、言葉、表情、あるいは身振りによって、他人にたいする憎  悪あるいは軽蔑を表してはならない。」
  憎悪や軽蔑の表れは、すべて闘争を挑発する。それは多くの人をして、復讐  しないでいるようりはむしろ生命を賭すことを選ばせるほどである。(180)
第9の自然法 自惚れるな
  「各人は、他人を生来自分と対等なものと認めること」
第10の自然法 尊大であるな
  「平和の状態に入るとき、自分以外の全ての人が留保するのを自分が満足し  ないいかなる権利も、自分が留保することを求めないこと
第11の自然法 公平
  「人と人とのあいだを裁くことを託されたばあいには、彼らを平等に扱うこ  と」
第12の自然法
  「分割できない物は、もしできるならば、共同で用いること。また、もしも  その量が許すならば無制限であるべきこと。さもなければ、権利を持つ者の  数に比例せしめること」
第13の自然法
  「全部の権利、あるいは(交代で用いるとして)最初の占有権を、くじで決  定すること」
第14~19の自然法については省略

*自然法についてのまとめ
 これらの検討が退屈な人に対しては、「自然法を容易に検査する法則」として「自分自身して欲しくないと願うことは、他にもおこなうな」を挙げることができる。184
 「自然法は、良心においてはつねに、実際においては、安全の保証があるときにだけ、拘束力をもつ」184「他の人々が自分にたいして同じ法を守るという十分な保証がありながら、その法を自分が守らない者は、平和ではなく戦争を求めている。その結果、暴力によって自己の自然の破壊を求めている。」
 「自然法は、不変、永遠である。・・・「戦争」が生命を維持し、「平和」がこれを破壊することはけっしてありえないからである。」185
 「これら理性の命令を、人は法の名で呼びならわしているが、それは正しくない。なぜならばこれらの命令は、何が人間の自己保存と防衛に役立つかの結論ないしは定理であり、他方、法とは本来、権利によって他を支配する者の言葉である。しかし、もし私達がこれらの定理を、あらゆることを命ずる権利をもつ神の言葉のなかに述べられたものと考えるならば、その場合には、それは法と呼べるかもしれない。」186

(注解:ホッブズは、それまでの伝統と異なり、「自然権」と「自然法」を区別した。しかも、「自然権」が「自然法」に先立ち、「自然法」の内容も、義務論よりは権利論に近いものである。つまり、ホッブズは、「権利」を前面に打ちだした政治論を展開したといえるだろう。従来の権利論は、義務論から導出されていたが、彼は、むしろ権利論から義務論を導出する。
・義務より権利が先行
 「ホッブズが対決した伝統においては、・・・・国家社会が個人に先立つ。第一義的な道徳の事実は義務であって権利ではないと言う見解に導いたのは、まさにそのような前提であった。個人が全ての点において国家社会に先立つという主張がなければ、自然的権利の義務に対する優位を主張することはできないであろう。国家社会や主権者のあらゆる権利は、本来的に個人に属する権利から派生するものである。・・・この考えは、国家社会に先だって自然状態が存在するという主張の中に含まれている。」(レオ・シュトラウス『自然権と歴史』昭和堂200)
 「自然法の哲学的理論が本質的に自然状態の理論となったのは、ホッブズ以降のことにすぎない。彼以前には、「自然状態」という用語は、政治哲学よりもキリスト教神学においてなじまれていた。」(同上201) )


5 人格について
<二種の人格>
(προσωπον=Face=面、per sono=音を出したり話すための手段)  
  自然人格(Naturall Person)
その言葉や行為が彼自身のものと見なされる者
擬制人格(Feigned person)人為人格(Artificiall person)
      その言葉や行為が他の人や他のものの言葉や行為を代表representし ていると見なされる者

<人格化する(Personate)>= 彼自身や他のものを行為したり代表すること
( To Personate is to Act or Represent himselfe or an other.)

(注解:彼の「人格化する」という概念からすると、自然人格は自分自身を代表しているということになる。このとは奇妙に聞こえるかもしれないが、<近代的個人>といのは、このような二重性をもっている。そのことは、後にカントにおいて超越論的自我と経験的自我の区別として明確になる。)

代理人(Actor) = その者の言葉や行為が、彼が代理している人為人格によって所有されている、という者。
本人(Author) = 代理人の言葉や行為を所有している者

       ←(represent)
  本人  →(own)      代理人の言葉や行為

権限(Authority) = 何らかの行為をする権利(the Right of doing any Action)
権限によって行われること = 権限をもつ者からの委任(Commission)認可(Licence)によって行われること


{注解:代表について
 代理人が本人を代表するということは、代理人が本人から権限を与えられているということである。REPRESENTATIONとは、「代表、代理、表現、表象、上演」などと訳されるように、同じ様な関係がおおくの領域に見られる。
 
   権限authority       意味                性質character
   a/   \b       a/   \b             a/   \b
代理人 ・ 本人     言葉  ・  対象          表象  ・  対象
actor    author


   価値                    役character(仮面)
a/   \b                  a/   \b
紙幣  ・  金             役者actor ・ 人物person