第6回  講義  


§3 社会問題の定義(2) 社会システム論のアプローチ
つづき

2 パーソンズの社会システム理論

(1)パーソンズの社会理論の概要

 パーソンズは、1902年生まれ、ハーバード大学で教える。
 パーソンズの仕事は、三つの時期に分けられる。

前期(主意主義的行為理論の時期)
1937 TheStructure of Social Action. New York, McGraw-Hill.
   『社会的行為の構造』稲垣、厚東、溝部訳、木鐸社

中期(50年代、システム理論へ)
1951 The Social System, New York, The Free Press.
    『社会体系』佐藤勉訳、青木書店、1974
1951 Toward a General Theory of Action, Editor and Contributor with
   Edward A. Shils and others, Cambridge, Harvard University Press.
   『行為の綜合理論をめざして』永井道雄、作田啓一、橋本真訳、日本評論   新社、1960
1956 Eoconomy and Society : A Study in the Integration of Economic and Social Theory, Parsons and Neil J. Smelser,        London, Routledge and Kegan Paul, 1956
   『経済と社会』T・U、富永健一訳、岩波書店、1958,59.

後期(60年以降、サイバネティクスの影響)
1961 Theory of Society: Foundation of Modern Sociological Theory,
     Parsons, Edward Shils, Kasper D Naegele & R. Pitts, Glencoe III,The Free Press, 1961.
1964 Social Structure and Personality, Glencoe, III, The Free Press, 19 64.
   『社会構造とパーソナリティ』武田良三監訳、新泉社、1973.
1969 Politics and SWocial Structure, New York, The Free Press,
   『政治と社会構造』上、下巻、新明正道訳、誠心書房、1973.
  
参考文献
  パーソンズ『文化システム論』ミネルヴァ書房の解説(丸山哲央)
  新、大村、宝月、中野、著『社会学の歩み』有斐閣新書
  ハーバーマス『コミュニケーション的行為の理論(下)』未来社、第7章


<AGIL図式 あるいは 4機能パラダイム>


                       │
                       │
     外的        A        |      G
空間軸 ─────────────┼───────────
     内的       L        │      I   
                        │
             初期状態(現在) │  目標状態(未来)
                     (時間軸)


A(Adaption)
   外的手段的な要件であるA機能すなわち適応は、システムにとって処理可能な便益を提供する機能である。

G(Goal-attainment)
   外的目的的なG機能すなわち目標達成は、システムとその外的状況との関係が一定でなく変異性をもつため、外的状況の変   化に柔軟に適応するための機能である。


I(Integration)
   内的目的的なI機能つまり統合は、システムが効果的に作用するように、システム内の諸要素やサブ・システムを相互に調整   する機能である。

L(Pattern-maintenance or Latency)
   内的手段的なL機能であるパターン維持あるいは潜在性は、システムの構造を規定する「制度化された文化」の安定性を維持   する機能である。

 これら四つの相互間には、相互交換の関係(インプット、アウトプット)の関係がある。

 後期の理解では、これらの4つは、サイバネティックス的な意味において、情報においてより少なくエネルギーにおいてより大きい体系から、情報においてより多くエネルギーにおいてより少ない体系へ、という順序になっている。後者が前者を制御し、前者が後者を条件付けるという関係にある。

<一般行為システム>
   A 行動有機体 G パーソナリティシステム
   L 文化システム      I 社会システム
   
 パーソナリティシステムは、社会システムにとって環境である。つまり、個人は、社会の要素ではない。社会の構成要素は、行動である。
 「この考え方は、社会が具体的な人間諸個人からなるという私達の常識的な見解と鋭く対立する。後者に立脚する場合には、社会の成員の有機体と人格とは、社会の環境の一部ではなく,社会に内在するものとなるであろう」『政治と社会構造』上巻、13)
 一般行為システム自体の環境とは、「物理的ー有機的環境」と「究極的実在」である。(同所)
 文化システムは、社会システムの規範的秩序の「正当化」を行う.人格体系は、社会的に評価された行為型象への参与のために適切な動機付けをおこない、ライフサイクルを通じて学習し、発展させ、維持することにかかわっている。社会体系は、成員に、適切な満足と報酬をあたえ、個人を「社会化」する。


<社会システム>
   A 経済          G 政治
  L 教育・文化(家族)   I 法規範や司法組織(地域社会)

 サイバネティックス的な制御の視点からみるならば、社会システムを大きく変動させるのは、「文化システム」であるということになる。また、社会システム内部で考えると、経済システムは、政治システムによって制御されており、政治システムは、経済システムに支えられているということになる。これは、「上部構造は、下部構造によって規定される」というマルクスの主張とまったく正反対である。

(疑問点:一般行為システムを統合する機能を担うのが、社会システムである。
ということは、社会システムの目的(つまり、政治の機能は)とは、一般行為システムを統合することだろう。では、社会システムを統合するというのは、一般行為システムを統合するための様々な制度を統合するということになるだろうか。
では、社会システムが外部と適応するための機能が、経済活動であるとすれば、たとえば、物を食べたり、物を作ったりする行為は、この経済システムにぞくするのだろうか。それとも上の行為有機体システムに属するのだろうか。
 4機能図式を機械的に反復して適用することには、無理があるのではないか。)

 この4機能図式は、次のように機械的に反復して適用される。

<経済システム>
   A 資本の供給と投資    G 生産(分配と配分を含む)
   L 経済上の委託      I 組織化(企業者職能)
      (物理的ならびに
      動機付けの資源)

<文化システム>
   A 認知的システム     G 表出的システム
   L 実存的システム I 評価的システム

<認知的システム(科学的知識)>
   A データ収集の基準や手順 G 経験的問題の解決
   L 科学の論理       I 理論構築

<表出的システム>
   A 手段客体        G 目標客体
   L 一般化された尊敬の客体 I 社会的客体



<ダブル・コンティンジェンシー>

 パーソンズーシルズ編著『行為の綜合理論をめざして』では、つぎのように説明している。
・「自我の期待は、他者の行為にとっての分かれ道の全範囲(つまり、一定の状況内で他者に与えられた分かれ道)と、他者の現実の選定との両方に対して志向しているが、他方、他者の選定は、彼に与えられた分かれ道の範囲で、自我が行動していることを、意識的に条件としている。このことの表側は他者にもあてはまる。もちろん、自我の行動は、非社会的な客体が、どのように行動するかについての彼の期待によって影響を受けはするが、非社会的な客体の行動が、自我自身の行動についての期待によって影響を受けると自我は期待しない。一人の所与の自我と自我が志向する客体との関係の双方に期待が作用するという事実、これが、社会的相互作用が、非社会的客体への志向から区別される点である。」23



・「このような基本的現象を、期待の相補性(complementarity of expectations)と呼び得るだろう。だがそれは、二人の行為者がたがいに他者の行為についていだく期待が同一だというのではなく、それぞれの行為が、相手方のいだく期待に対して志向しているという意味である。そこで相互作用の体系は、他者がいだく期待に対する自我の行為の同調性(conformity)の範囲またその反対を条件にして分析できるものである。私たちは、すでに一人の行為者の行為の体系が、要求の充足と阻害の極に志向しているのをみた。社会的な相互作用においては自我の動機の意味合いが間近な客体の性質だけでなく、自我についての他者の期待に帰せられる点で、いっそうの複雑化がもたらされる。自我の行為を条件にした、他者の自我にたいする反作用を裁定(sanction)とよぶことができよう。」24

・「人間の相互作用の過程の中で、期待の相補が占めている位置に付いてかんがえることは、文化型の起源と機能の分析にとって中心的な、ある種のカテゴリーに対して意味を持っている。相互作用には固有な二重の依存性(double contingency)がある。一方、自我の要求の充足は、彼が手にいれることができる別れ道のなかから、彼が選んだものに依存している。だが、順次に、他者の反作用は、自我の選定を条件にし、これの応じた他者の相補的な選定の結果うまれるものである。
 このような二重の依存性があるために、文化型の存在の与件であるコミュニケーションは、特定の状況(それは自我にとっても他者にとっても決していつも同一ではない)の個別性を基礎にした一般化と、自我と他者の双方によって守られる「慣習」によってはじめて保証されうる意味の安定性との、いずれを欠いても存在し得ない。」25


 つまり、こうである。
 物を対象にするときには、我々の行動が、物の振る舞いに影響を与えるとは考えない.たとえば、私が傘を持って家をでても、傘を持たずに家を出ても、雨が降るかどうかには影響しない.(自然に対する働きかけが、予期せぬ結果をもたらす、ということはある。しかし、ここにあるのは、因果関係である.)
 動物を対象にするときには、我々は、我々の行動が、相手の行動に影響を与える。たとえば、山の中で熊に出会ったとき、我々の行動は、熊の行動に影響をあたえるだろう。われわれは、それを考慮して、行動する必要がある.しかし、私が、熊の行動をどのように予期するかによって、熊の行動が変化するとは、考えていない.たとえば、私が「私がじっとしていれば、熊はなにもせずにとおりすぎてゆくだろう」と予期している、ということを熊が予期して、どう振舞うかを決定する、ということはない(なぜなら、そのような予期の能力がないから)。
 ところが、人間や集団が相手の場合には、我々は、我々がある行動をとるだろうと相手が予期しているだろうと、予期して、行動する。たとえば、約束したのだから、明日納品があるだろうと相手が予期している、ということを予期して、無理をしてでも納品する。あるいは、約束したけれど、どうせ納品は遅れるだろうと相手が予期している、ということを予期して、納品を伸ばしてもらう.あるいは、相手がそのように予期して納品を伸ばしてもらえるだろうと考え得ていると予期して、あらかじめ督促の電話をする。
 つまり、人間は、予期の予期、さらに予期の予期の予期・・・に基づいて、行動を選択している。
 このような状況を「ダブル・コンティンジェンシー」(double contingency
二重偶然性、二重偶発性、二重の依存性)という。このような偶然性を乗り越えて、行為をうまく調整するためには、「社会的規範」「慣習」「文化的パターン」が必要である。


<社会システムの制御媒体>

 パーソンズは、対人関係が「ダブルコンティンジェンシー」という関係になることを指摘し、行為調整問題を解決する手段としての制御媒体に注目する。

<制御媒体>  <サブシステム>
  貨幣、      経済   
  権力、      政治   
  影響力、     法    
  価値拘束    文化

(感想:貨幣をモデルに、権力などをそれと同じような制御媒体として理解しようとする試みは、成功しているとはいえない。また、言語をどのように位置付けるのかが、曖昧なままである。言語は、文化システムの媒体なのか、一般行為システム全体の媒体なのか、などが未規定なままである。)

(2)パーソンズ理論からみた社会問題

○ 社会システムは、秩序問題を解決するためのものである。

 このようなパーソンズのシステム理論によれば、社会制度、地位と役割の結合体であり、それは、問題解決のためのものである.それが、果たしている機能は、ある問題を解決することである。その問題とは、ダブル・コンティンジェンシーの問題である。人と人の相互行為は、ダブル・コンティンジェンシー(二重の偶然性 double contingency )のうちにある。それゆえに、安定した平和な関係を保つことができない。それを保つにはどうすればよいか、言いかえれば、社会秩序は如何にして可能か、という問題である.

 この秩序の問題を、パーソンズは、二つの側面に分ける。
「一つは、コミュニケーションを可能にするシンボル体系の秩序であり、もう一つは、期待の規範的側面に対する、自我と他我の動機指向の相互性に関する秩序の問題であり、「ボッブズ的」な秩序の問題である。」(『社会体系』訳書、43)
「パーソンズ行為理論の第一命題、すなわち文化パターンのパーソナリティへの内面化と社会体系への制度化は、まさにこの問題に対するパーソンズの解答であった。」(前掲書、訳注、p.77)

「こうして、秩序の問題、したがってまた、安定した社会的相互行為の体系、すなわち社会構造の統合の性質という問題の焦点は、行為体系を、この文脈では個人と個人のあいだを統合している規範的な文化的基準と、行為者の動機付けとを統合することにある。」(前掲書、訳注、p.77)

 パーソンズの理論では、社会システムが、秩序問題という「社会問題」を解決するためのものであること、また秩序問題を解決しようとすることから、「社会」が形成され、維持されていることがあきらになる。

○すべての個人問題は、社会問題である。

 パーソンズは、行為についての主意主義的理論を維持しつつ、他方で行為の連関をシステム理論で考えようとする。ここにかれの理論の内的な矛盾がある。なぜなら、システム論は、行為についての主意主義的な理論、つまり行為を目的合理的をもった活動として捉えようとする理論とは、矛盾するからである。システム理論は、むしろ、行為を他の行為との関係の中で説明しようとする。(このような矛盾をハーバーマスも指摘している。)

 主観主義的な理論では、行為システムの機能は、(マリノフスキーの「機能」概念のように)個人の欲求を充足することであり、システムは、個人の欲求を充足するためのものとして、理解されれうことになる。
 しかし、システム理論では、行為システムの機能は、(ラドクリフ=ブラウンの「機能」概念のように)全体システムの維持に貢献することであり、AGILという4機能の中の目的達成以外は、そのようなものである。目的達成もまた、より上位のシステムの全体を維持するために貢献するという機能をもっているといえるだろう。
 個の欲求の充足と、全体システムの維持という、二つの機能が、パーソンズの理論の中で、分離してしまっている。

 ところで、ある行為が、「個の欲求の充足という機能と、全体システムの維持という機能を持っているということは、ある行為が「個人問題」の解決という機能と、「社会問題」の解決という機能を果たしているということでもある。
つまり、パーソンズの理論から、我々は、すべての相互行為が、個人問題の解決の取り組みだといえると同時に、社会問題の解決の取り組みだといえる。
 これは、個人問題と社会問題の区別として、大変おもしろい。つまり、この二つを区別すると同時に、そのふたつが密接に連関していることを主張するものである。あらゆる個人問題は、一定の社会的な背景を持っている。たとえば、死や老いや病気などの個人的な問題であっても、それは、現在の医療制度や保健制度や高齢化社会の問題とリンクしている。
 しかし、パーソンズにおいて、主意主義的行為理論とシステム理論が分離してしまっているために、個人問題と社会問題の関連について、立ち入って分析することが難しくなっている。


注1 機能主義とはなにか


functionという語は、ライブニッツが最初に用いたようだ(マートン『社会理論と機能分析』青木書店、p。59)

「機能主義」を明確に主張したのは、マリノフスキー『西大西洋の遠洋航海者』(1922)とラドクリフ・ブラウンの『アンダマン島民』(1922)のようだ。

ラドクリフ・ブラウンは、機能を社会全体に対する貢献として考えていた。
「ある特定の社会慣例の機能は、それが全社会体系の機能作用としての社会生活全体に対して果たしている貢献である。かような見解は、社会体系(全社会構造と社会慣例全体とを包括するものであって、社会慣例の中に社会構造が現れ、また社会構造は社会慣例によって持続的に存在する。)が機能的統一ともいうべきある種の統一を持つという意味を含んでいる。」(前掲書、66)

マリノフスキーは、それに加えて、機能を個人の欲求を充足させることとして考えていた。
「ここで機能的見解は、厳密なテストにかけられている。・・・それは、どのような仕方で信仰や儀礼が社会的統合や技術的、経済的能率のために、また全体としての文化のために−−したがって、間接的には、各個々の成員の生物学的および精神的な福利のために役立っているかを証明しなければならない。」(前掲書、66)

マリノフスキーは、制度を、個人の欲求を満たすもの、言いかえれば個人問題を解決するための社会的手段とみている。
ラドクリフ=ブラウンは、制度を、社会体系の維持という問題を解決する手段と見ている。