第八回講義 (2001.6.12)

<木村健君の批判に答える>
 私的な指示の体系をつくっても、それが有意味であるためには,背景言語に翻訳されるのでなければならない。そして、背景言語は、社会的な母語にゆきつく。それゆえに、私的言語、   私的指示は不可能である、というのが、クワインの主張である。
 これに対して、木村君は、次のように反論した。<ある幼児が、母親とのコミュニケーションによって言語を習得したのだが、母親とはまったく別の指示体系をもち、言語の使用方法は母親とまったく一致する。このような言語の習得が可能である。この子供の背景言語は私的な言語である。>
 これに対してクワインならばつぎのように答えるだろう。<ある幼児が、母親とのコミュニケーションによって言語を習得したのだが、しかし、母親とはまったく別の指示体系をもち、ただ母親の言語とのコミュニケーションだけは、一致する。そのような言語の習得が可能である、ということは私(クワイン)も認める(『ことばと対象』第一章参照)。しかし、まったく別の指示体系であるかどうかは、さらに別の言語への翻訳の結果によってしか確認できない。母親と母語の使用方法がまったく同じでっても、指示体系がまったく異なる可能性はあるが、しかしそれは確かめ様のないことであり、不可測である。指示体系がことなる言語ならば、それは何らかの仕方で翻訳結果の違いに現れるのでなければならない。>
 母親と母語の使用方法がまったく同じであっても、指示体系がまったく異なる可能性があるということは、従来の意識哲学では、母親の心中までは理解できないというように説明されてきた事柄である。しかし、クワインならばそう言わずむしろ、このことは指示の不可測性が自己自身に適用されるということを示しているのだと言うだろう。

私的言語について追加のコメント
 「もし私的な指示が不可能であるとすると、そこから私的な言語が不可能であることになるのだろうか?」
 「私的な指示が不可能であっても、私的な述定が可能になるということはありえないのか?」
 私的な指示が私的な背景言語に対して相対的に有意味であるとしよう。そして、この背景言語の背進が、社会的な母語に行き着かないのだとしよう。そのときにも、<自分の言語に適用された指示の不可測性>を主張することは可能であろう。
 そのとき、背景言語が私的であるということの保証はどこにあるのか。それは、社会的な言語と別の言語であるということであろうか。しかし、別の言語であっても、相互に翻訳可能であれば、私的言語だとは言わないのだろうか。
 これらの問いに答えるには、「私的言語」の定義を明確にする必要がある。




第2章 クワインの「指示の不確定性」テーゼの検討
§7「指示の不確定性」テーゼと「存在論的相対性」テーゼへの批判の試み


 今日から、これまで紹介したクワインの主張についての批判的な検討をはじめたい。多少大胆かもしれないが、以下では、「指示の不可測性」テーゼと「存在論的相対性」テーゼの批判をここみたい。主張したいことはこうである。<少なくともある指示は不可測ではなく、それゆえにその指示の対象の<存在>は背景言語に相対的ではない。>

  ――――――――以下で論証したいこと、あるいは大風呂敷――――――― 
・ 指示が不可測であるということがいえるためには、とりあえず指示が<成立>していなければならない。では、その指示はどのようにして成立するのか。それは対象との関係によってではなく、背景言語との関係においてであると、クワインはいう。対象との関係によってではないという点は認めたい。そして、指示が背景言語との関係において意味を持つということも認めたい。しかし、背景言語におとらず重要なのは、指示が対話において成立するという点である。いうまでもなく、根源的翻訳や幼児の言語習得においては、指示は対話において成立する。
・ 指示の不確定性にもかかわらず、コミュニケーションができているのは、「私」と「君」が問いの発話を問いの発話として相互に理解し合い、それに対する答えの発話をそれに対する答えの発話として相互に理解合っているからである。「私」と「君」の指示をみとめなければ、対話ができない。
・ 我々は論理的固有名としての「私」「君」を記述に還元することはできない。

(さらに大胆な予想を述べる。論理的固有名や指示は、物語的な知に属する。我々の知は、理論的な知と物語的な知に区別される。そして指示や固有名が成立するのは物語的な知においてである。そして、物語的な世界には、反実在論が親和的である。この場合には、理論的な知を物語的な知のなかにどのように位置付けるのかが問題になるだろう。夏休み後また後期には、このような論点を講義する予定です。)
        ――――――――ここまで―――――――――

1、論理的固有名の批判:記述理論の徹底化
 表示句による指示を、記述に還元できるというのが、ラッセルの記述理論である。彼は、記述に還元できない語を論理的固有名という。ラッセルは、当初は、「これ」と「私」を論理的固有名と考えたが、後には「これ」のみを論理的固有名と考えるようになり、さらに後には、自然科学と心理学のなかでは、論理的固有名が不必要であると主張した。
 クワインもまた、このような論理的固有名をみとめない。そのことが、彼の存在に関するテーゼ「あるということは、変項の値であることである」の証明の前提となっている。論理的固有名を認めると、個体定項であることも、また存在するということになる。
 (もし、クワインのように、論理的固有名を認めないとすると、命題行為としての指示は存在せず、また発語内行為としての指示もまた存在しないことになる。すくなくともこれらなしにすませることができる。)
 



長い付録:ラッセルの記述理論の説明
   ―――――――昨年度の講義 (2000.10.31)から抜粋――――――

       1 記述の理論:論文「指示について」をもとに
(「指示について」清水義夫訳(参考文献8に所収)からの引用抜粋)
(訳文中のdenotationを「表示」と直しました。)

「表示句」(denouting phrase)
a man, some man, any man, every man, all men, the present king of England, the present king of France,
二十世紀最初の瞬時における太陽系の質料中心、太陽をまわる地球の回転,地球を廻る太陽の回転、

「こうした句は、もっぱらその形式によって表示をしている」

表示句を3つに区別できる。
(1) いかなる対象も表示していない。「現在のフランス王」
(2) 一個の定まった対象を表示する。「現在のイギリス王」
(3) 不特定に表示する。「あるひとりのひと」

「表示についての問題は、論理学や数学においてばかりでなく、知識論においてもきわめて重要である。」

「見知り」(acquaintance)=「我々が直接表象するもの」
              例えば、「知覚の対象」
「についての知識」(knowledge about)=「指示句によって我々が到達するに
                   すぎないもの」48
              例えば「他人の心」

<ラッセルの記述理論>
「表示句は、それ自身だけではけっしていかなる意味ももたず、それらを言語表現の一部として含んでいる命題の各々が意味をもつ、ということこそ私が主張したいと思っている表示の理論の原理である。」50

(1) 不確定記述句
 量化によって不確定記述句の説明がおこなわれる。
「all men がCである」は、「「もしxが人間であるなら、xがCであるは真である」つねに真である」
「no men がCである」は、「もしxが人間であるなら、xがCであるは偽である」つねに真である」
「a man がCである」は、「「xがCであり、かつxは人間である」は常に偽であるということは、偽である。

(2)定冠詞を含む句の解釈
「チャールズ二世の父は処刑された」は次のようになる
「xはチャールズ二世を子としてもうけたということ、およびxは処刑されたということ、そして、さらに「もしyがチャールズ二世を子としてもうけたなら、yはxと同一である」がyに関してつねに真であるということは、xに関してはつねに偽ではない。」54

「以上のべたことは、表示句を含むような命題のすべてを、そうした句を含まない形式のものへ還元することを可能にする。」

<理由>
このように考える理由は、「もし表示句がそれを言語表現の一部として含む命題の正真正銘の構成要素を表すとみなされるならば、避けられないと思われるいくつかの困難が生じてしまう」55からである。

(1)マイノングの理論への批判
 このような間違った理論の一つが、マイノングの理論である。彼は、「文法的に正しい任意の指示句は、ある対象をあらわしている」55と考える。ゆえに「現在のフランス王」「円い四角」なども対象と仮定される。これは、矛盾律に反する。フランス王は存在しかつ存在しない、ことになり、丸い四角は四角でありかつ四角でない、ことになるからである。

(2)フレーゲの理論への批判
 上の矛盾は、「フレーゲの理論によって避けられる」56フレーゲは、内包的意味(意義Sinn)と外延(意味Bedeutung)(denotation)を区別する。しかし、外延が存在しない場合がある。たとえば、「フランス王は、はげ頭である」である。 しかし、ラッセルは、この文は、無意味なのではなくて「はっきりと偽である」という。そして、「はっきりと偽である以上は、それは無意味ではない」という。
 フレーゲの解決は「フランス王」はゼロクラスを指示すると考えることである。「しかし、このような処置は、実際の論理的な誤謬に導くことはないかもしれがいが、人為的で、事態の精確な分析を与えていない」58(「ゼロクラスは、いかなる成員をもふくまないクラスであって、その成員としてすべての非実在的な個体を含むようなクラスではない。」72)
 {こような解決の問題点は、「現在のドイツ王」と「現在のフランス王」がともに、ゼロクラスを指示することになる、ということ、そうするとたとえば、「現在のドイツ王は、現在のフランス王である」という同一命題が真である、ということになってしまう、という点にあるのではないか。:入江}

―――――――ここから昨年の講義(2000.11.7.)からの抜粋

       2、「直知による知識と記述による知識」
(アリストテレス協会の1910-11年度の会報に初出。以下の引用は『神秘主義と論理』江森巳之助訳(みすず書房、1995年)により、数字はその頁数を示す。)

<直知(見知り)の定義>
「「直知」(acquaintance)「記述」(description)との対照をはっきりさせるために、まず第一に、「直知」とはどういう意味かを説明しよう。」241
「私が、ある対象に関して、直接の認識関係(cognitive relation)を持っているとき、言いかえるならば、私がその対象自体を意識しているとき、私はその対象を直知しているというのであります。ここで認識関係と言うのは、判断を構成する種類のそれではなく、表象を構成する種類のそれを意味しております。」242
「sがoを直知している、ということは、oがsに表象されている、ということと本質的に同じであります」242

{このような「直知」の定義からするならば、「直知」の対象は、存在者であるといえる。}

<「直知」の対象の種類>
(1)「感覚与件」色、音、など
「色を見、あるいは音を聞くとき、私はその色、あるいはその音を直接に直知しているのであります。」243
感覚与件は通例「複合的」である。243
「内省にさいして、我々は、我々自身に対して種々な認識的ならびに意欲的関係にある諸対象よりなるところの、変化しつつある諸複合体を直接に意識しつつある、と感ずるのであります。」
(2)「直知」ないし「Aを直知している自我」という複合体
「私自身のみを意識しているという精神状態を発見することは困難であります」243 しかし、「我々は「Aを直知している自我」という複合体を直知しているばかりでなく、「私はAを直知している」という命題を知っていることは明白であります。」
「我々は、直知を直知しており、直知は関係であることを知っている、と。また我々は、それの中において我々が、直知は関係付ける関係であることをみとめるところの複合体を、直知しています。」244

・問題:私自身を直知する?
「私が私自身を直知しており、それゆえに「私」は単にある特定の対象の固有名詞であって、何らの定義を要しない、と考えるか、あるいは自覚を分析する別の方法を発見するか、どちらかが必要であるように思われます。」244
(原注によれば、1917時点では、「私」を直知していると考えない、つまりそれは記述される。「私」は論理的固有名ではない。
 『哲学の諸問題』(1912)では、「私の直知」を認めるが、『心の哲学』(1921)ではそれを認めない。「ヒュームとおなじく、自己は、内観の対象とはなりえないとし、「私」という言葉が、文法上の主語としてつかわれているからといって、その名でよばれる対象が存在しなければならないと考えるは未熟な考えかたであるとしている」(エイヤー、前掲書、113))

(3)「普遍」=「概念」
「我々が意識している普遍」=「概念」(concept)
主語となる場合
 「黄色は青色とことなる」「黄色は緑色ほど青色ににていない」
述語になる場合
 「これは黄色である」
「この場合、「これ」というのは、特殊な感官与件であります。そして、普遍的諸関係もまた意識の諸対象であります。上下、前後、相似、欲望、意識自体、等々はすべてわれわれが直接に意識しうる諸対象でありましょう。」245

(4)「関係」
「我々は、普遍的関係自体を意識するのではなく、普遍的関係がそれの一要素であるところの、諸複合体のみを意識するのであることを、強調すべきでしょう。」245
「我々は「前」の諸事例を直知しているだけでなく、「前」の意味をも直知している、と考えなければなりません。」246

<「記述による知識」の対象の種類>
(1) 物的対象
(2) 他人の精神
「物的諸対象や他人の諸精神」は「記述による知識」によってしられる。247
{1917年時点では、(3)私自身 が付け加わるだろう。}

{ところで、「これは、机である」の「机」は普遍概念であろう。そして、ここでの「これ」は感覚与件であろう。「これ」が物的対象だとすると、それが指示できることになるが、物的対象は、記述によって知られるものだからである。}

<記述の説明>
「記述」=「あるしかじかのもの」(a so-and-so)あるいは「そのしかじかの
      もの」(the so-and-so)という形式の任意の句(247)

「不定的」(ambiguous)記述=「あるしかじかのもの」(a so-and-so)という
               形式の句(247)
「確定的」記述=「そのしかじかのもの」(the so-and-so)という形式の句247

この論文では、「確定的」記述のみをあつかう。

「我々が、ある対象は「そのしかじかのもの」である、ということを知っている時、すなわち、ある特定の属性を持っている対象がひとつあってそれ以上はない、というを知っているとき、その対象は「記述によって知られている」ということにしましょう。そしてこの場合一般に、我々はその同じ対象を直知によっては知っていない、ということが含意されているといたします。」248

<固有名の記述説>
「普通の言葉は、固有名詞でさえも、通常は記述なのであります。還元すれば、ある固有名詞を正しく用いている人の心の中にある考えを明白に表現しようとすれば、一般に、その固有名詞を記述で置き換えなくてはならないのであります。」249
{このような記述説を、クリプキは『名指しと必然性』で批判し、因果説を主張する。これに対してサールは『志向性』で因果説を批判し、記述説を擁護する。}

・例えば「ビスマルク」を本人が使用する場合(直知である)
「自分自身を直接に直知するというようなことがあると仮定すれば、ビスマルク自身は、彼が直知している特殊の個人である自分を直接に示すために、自分の名前を使ったかもしれません。この場合、もし彼が自分について判断を行ったとすれば、彼自身は、その判断の要素になるわけです。この際には、その固有名詞は、ある特定の対象に単純に代わるものとして直接に使用されたので、その対象の記述として使用されたのではありません。」249
・他人が使用する場合(記述である)
「もしビスマルクを知っているある人がビスマルクについて判断を行ったとすれば、事情は違ってきます。このひとが直知しているのは、ビスマルクの肉体と結び付けられた---特定の諸感覚与件であります。・・・すなわち、ビスマルクの肉体および精神は記述によって知られるのであります。」250

・厳密な意味の固有名(論理的固有名)
「思うに外延は、固有名詞――ある対象にある性質を付与するのではなく、単にそれに名前をつけるだけの言葉、――の場合を除けば、命題の要素ではありません。さらに、この意味では、厳密な意味における固有名詞はただ二つあるだけで、それは「私」と「これ」だ、と主張すべきであります。」259
{このような厳密な意味の固有名は、「論理的固有名」とよばれる。のちには、「私」は論理的固有名でないとされる。}

<直知の原理>
「ある特殊に適用できることが知られている記述は、――その記述されているものについての我々の知識が単にその記述から論理的に結果するものでない場合には、――我々が直知しているところのある特殊への引照を、何らかの仕方で含んでいなければならない、とおもわれるのであります。」251

「諸記述を含む諸命題を分析する際の基本的な認識論的原理は次のとおりであります。――《われわれの理解し得る命題は、いずれも我々が直知している諸要素からのみ構成されていなければならない》」253
{この原理は、「直知の原理」と呼ばれる(エイヤー、前掲書)}

注:ラッセルの思想発展の時期区分(邦訳『心の分析』の竹尾氏の解説による)

////////第1期(1893-1899)////////
  (こ時期は、ドイツ観念論の影響下にあった)
1895-1901年、トリニティ・カレッジの特別研究生となる。
1897年『幾何学の基礎』
1900年『ライプニッツ哲学の批判的解説』

////////第2期(1900-1910)////////
  (この時期は、数学基礎論、数理論理学の仕事に没頭)
1900年7月パリの国際哲学会議でイタリアの論理学者ペアノに出会う。
1902年、「ラッセルのパラドクス」の発見
1903年『数学の原理』(The Principles of Mathematics)出版
1905年「指示について」
1908年「タイプの理論に基づく数理論理学」
1910年ムーアとの共著『数学原理』(Principicia Matthematica)第1巻
    (第2巻、1912年、第3巻、1913年)

////////第3期(1911-1918)////////
   (この時期は、論理学の仕事から、分析および綜合の方法を取りだし、
    それによって彼の知識の理論、ならびにそれと結びついた形而上学を
    発展させる仕事にとりかかる。)
1912年 この年、ウィトゲンシュタインと出会う
    『哲学の諸問題』(The problems of Philosophy)(訳『哲学入門』) 
1913年、『知識の理論』を書くが、ウィトゲンシュタイの批判にあい、出版せ
     ず。{入江:批判の一つは、私の直知だと思われる}
1914年、「外部世界はいかにして知られうるか」
     これは、『数学原理』の論理学が哲学の問題に適用できることを具体
     的に示した最初の業績であり、カルナップに影響を与える。
     センスデータへの還元主義が放棄された。
1918年「論理的原子論の哲学」『神秘主義と論理』『数理哲学序説』

////////第4期(1919-1927)////////
1921年『心の分析』
    物理学に適用された現象主義を、心理学に拡張しようとした。
    心についても、センスデータにかわって、「感覚やイメージだけからな
    る要素」が心的でも、物的でもないものとされ、それから物質や心が
    構成される。「中性的一元論」が主張される。
1924年「論理的原子論」
1927年『物質の分析』

////////第5期(1928-1959)////////
1940年『意味と真理の探求』(邦訳『言語哲学的研究』)
1948年『人間の知識』
1960年『私の哲学の発展』
―――――――――――――講義からの引用ここまで

 この後、ラッセルは「これ」もまた論理的固有名ではないと考える。
(以下の引用は、"An Inquiry into Meaning and Truth" (ラッセル著『意味と真理性』毛利可信訳)のページ数です。)

ラッセルは、次のような語を、「自己中心語」(egosentric word)と呼ぶ。「これ」「あれ」「私」「あなた」「ここ」「あそこ」「今」「あの時」「過去」「現在」「未来」などである(116)。(「動詞の時制も問題にしなければならない」116)
「すべての自己中心語は「これ」を用いて定義することができる」116
「「これ」の代わりに「今の私」(I-now)を用いることができるが、これにあたる日常語はない。」116 

「物理学の用いる言語には自己中心的特定体(egosentiric particular)が現れない。」116
「私の考えでは、以上で、自己中心的特定体の問題は解決でき、物理学的世界と心理学的世界のいずれを問わず、それを記述するためには、この種の語が少しも必要でないことがわかるとおもう」124