2008年一学期講義 科目名 学部「哲学講義」大学院「現代哲学講義」    入江幸男
講義題目「アプリオリな知識と共有知」

第三回講義 (2008年5月20日)

§3 「共有基盤定義」の検討
 
前節で紹介した「共有基盤定義」への批判を試みたいのだが、この§では、まずこの定義の検討を行ないたい。この定義は、前節で述べたように、以下のようなものである。
 
共有基盤(shared basis)定義(Lewis, 1969; Clark, 1996
   MBABpが成り立つのは以下を満たす基盤bが存在するとき、かつ、そのときに限る。
    1. BAb BB
    2. bによってABに1が示される。
    3. bによってABにpが示される。
 
これを詳細に検討するために、ルイスによる定義を検討しよう。
共有知を、ルイスは一般的に次のように定義する。
「集団Pにおいて――が共有知(common knowledge)であるのは、次のときそのときに限る、すなわち、ある状態Aが、次のようなものとして成り立っている場合である。
  (1)集団Pのすべての人が、Aが成り立っていると信じる理由をもつ。
  (2)Aが、集団Pの全ての人に対して、<集団Pの全てのひとが、Aが成り立っていると信じる理由をもっていること>、を示す。
 (3)Aが集団Pの全ての人に対して、――を示す。
我々は、そのような状態Aを、集団Pにおける共有知――のための基盤(a basis)と呼ぶことが出来る。」
 
ルイスはこの引用の前の箇所で、「Aはある人xに−―を示している」を次のように定義する
 
「もしあるひとxが、Aが成り立っていると信じる理由をもつならば、そのときxは――を信じる理由をもつ」(ibid., pp.52-53
 
この定義は、定義として十分なものだろうか。これを彼が挙げている具体例で考えてみよう。ルイスは、前に述べた「共有知」の例に関して、次のように述べている。
 
“Take a simple case of coordination by agreement. Suppose the following state of affairs --- call it A --- holds: you and I have met, we have been talking together, you must leave before our business is done; so you say you will return to the same place tomorrow. Imagine the case. Clearly, I will expect you to return. You will expect me to return. I will expect you to expect me to expect you to return. Perhaps there will be one or two orders more.
 What is it about A that explains the generation of these higher-order expectations?
I suggest the reason is that A meets these three conditions:
    (1) You and I have reason to believe that A holds.
    (2) A indicates to both of us that you and I have reason to believe that A holds.
    (3) A indicates to both of us that you will return.
What is indicating? Let us say that A indicates to someone x that ___ if and only if, if x had reason to believe that A held, x would thereby have reason to believe that ____. What A indicates to x will depend, therefore, on x’s inductive standards and background information.”  (David Lewis “Convention”1969, pp. 52-53)
 
「合意による協力の単純な場合を考えてみよう。次のような事態(state of affairs)――これをAと呼ぶ――が成り立っていると想定しよう。<あなたとわたしが会った、我々は一緒に話していた。あなたは、我々の仕事が終わる前に去らねばならない。したがって、あなたが同じ場所に明日戻ってくるとあなたは言う。>このような場合を想像しよう。明らかに、私はあなたが戻ってくることを期待するだろう。あなたは、私に、戻ることを期待するだろう。あなたが戻ることを私が期待することをあなたが期待することを私は期待するだろう。おそらくはさらに一階か二階のより高次の期待があるだろう。
Aについて、これらのより高次の期待の発生を説明するものは何だろうか。私は次のように提案する。その理由は、Aが次の三つの条件を満たしていることである。
(1)あなたと私は、Aが成り立っていると信じる理由をもつ。
(2)Aは、我々両者に、<あなたと私が、Aが成り立つと信じる理由をもつ>ことを示している。
(3)Aは、我々両者に、<あなたが帰ってくる>ことを示している。
示すとはどういうことだろうか。たとえば、<Aがある人xに――を示すのは、次のときそのときに限る、すなわち、もしxがAが成り立つと信じる理由を持ったならば、xはその際、――を信じる理由をもっただろう>。それゆえに、Aがxに示すことは、xの帰納の基準と背景情報に依存している。」(pp.52,53
 
この引用文について考察しよう。
*単に「・・・を信じている」といわずに、「・・・を信じる理由をもつ」というのは、ある信念をもつことが可能であるとしても、そのような信念を意識して持っているとは限らないからである。例えば、ある人の目の前に蝋燭があるとしても、「彼は、蝋燭があると信じている」ということが常にいえるとは限らない。なぜなら、彼はほかのことに注意を向けているかもしれないからである。しかし「彼は、蝋燭があると信じる理由をもつ」という言い方ならば常に成り立つ。
Aは、事態(state of affairs)である。
* 「示す」の意味が、「Aがある人xに――をすのは、次のときそのときにる、すなわち、もしxがAが成り立と信じる理由を持ったならば、その際xは――を信じる理由をもっただろう」であるならば、条件(2)と(3)は次のように書き換えられるだろう。
 
(2)我々両者が、事態Aが成り立つと信じる理由をもったならば、その際我々両者は、あなたと私が、事態Aが成り立つと信じる理由をもつことを信じる理由をもっただろう。
(3)我々両者が、事態Aが成り立つと信じる理由をもったならば、その際我々両者は、<あなたが帰ってくる>ことを信じる理由をもっただろう。
 
*以上を踏まえて、最初の条件を書き直すと次のようになる。
(1)あなたと私は、事態Aが成り立っていると信じる理由をもつ。
(2)我々両者が、事態Aが成り立つと信じる理由をもったならば、その際我々両者は、あなたと私が、事態Aが成り立つと信じる理由をもつことを信じる理由をもっただろう。
(3)我々両者が、事態Aが成り立つと信じる理由をもったならば、その際我々両者は、<あなたが帰ってくる>ことを信じる理由をもっただろう。
 
*「信じる理由をもつ」を単純に「信じる」に置き換えると次のようになる。
(1)あなたと私は、事態Aが成り立っていると信じる。
(2)我々両者が、事態Aが成り立つと信じるならば、その際我々両者は、あなたと私が、事態Aが成り立つと信じることを信じるだろう。
(3)我々両者が、事態Aが成り立つと信じるならば、その際我々両者は、<あなたが帰ってくる>ことを信じるだろう。
 
これは次のように表現できる。
  (C1) BaA & BbA  
   (C2) (BaA & BbA)(Ba(BaA & BbA) & Bb(BaA & BbA))
   (C3) (BaA & BbA)(BaP & BbP)
 
*この(C1)(C3)だけならば、Aが「机の上に本が3冊ある」、Pが「本がある」の場合にも成り立つ。しかし、この場合には(C2)は成り立たない。また、Pは共有知にはならない。共有知の成立には、条件(C)C3)では不十分であることがわかる。では、(C2)が加わればじゅうぶんだろうか。どのようにして、高階の共通知識が成立するのだろうか。実際にその推論を行なってみよう。
まず、BaP & BbPを導出しよう。
  (1) BaA & BbA             (C1
  (2) (BaA & BbA)(BaP & BbP)            (C3)
  (3) BaP & BbP                           (1)(2)MP
これに続けて、Ba(BaP & BbP) & Bb(BaP & BbP)を導出しよう。
これを導出するためには、次の規則R1を導入する必要がある。
  (規則R1)どれをa、どれをP、どれをQとしても、BaP, PQ ├ BaQ
証明は次のようになる。
 
1 (1) BaA & BbA                        (C1)の仮定
2 (2) (BaA & BbA)(Ba(BaA & BbA) & Bb(BaA & BbA)) (C2)の仮定
1,2 (3) Ba(BaA & BbA) & Bb(BaA & BbA)                  (1)(2)MP
1,2 (4) Ba(BaA & BbA)                                  (3)&-
5 (5) (BaA & BbA)(BaP & BbP)                       (C3)の仮定
1,2,5 (6) Ba(BaP & BbP)                                  (4)(5)R1
1,2 (7) Bb(BaA & BbA)                                  (3)&-
1,2,5 (8) Bb(BaP & BbP)                                  (5)(7)R1
1,2,5 (9) Ba(BaP & BbP) & Bb(BaP & BbP)                  (6)(8)&+
 
これに続けて、Ba[Ba(BaP & BbP) & Bb(BaP & BbP)]& Bb[Ba(BaP & BbP) & Bb(BaP & BbP)]を証明しよう。
 
 2,5 (10) (BaA & BbA)[Ba(BaP & BbP) & Bb(BaP & BbP)]  (1)(9)+
1,2,5 (11) Ba[Ba(BaP & BbP) & Bb(BaP & BbP)]             (4)(10)R1
1,2,5 (12) Bb[Ba(BaP & BbP) & Bb(BaP & BbP)]             (7)(10)R1
1,2,5 (13) Ba[Ba(BaP & BbP) & Bb(BaP & BbP)]& Bb[Ba(BaP & BbP) & Bb(BaP & BbP)]
                                                          (11)(12)&+
 
しかし、この規則R1は、非常に優れた知性を要求しているので、現実的ではないかもしれない。ただしここで用いられるのは、これの特殊な場合に限られるので、規則R1の代わりに、次の規則R2を導入しても上記の証明を行なうことができる。
  (規則R2)どれをa、どれをS、どれをTとしても、
Ba(BaS & BbS), (BaS & BbS)(BaT & BbT)  Ba((BaT & BbT))
 
問題は、この規則R2を認めることが出来るかどうかである。
この規則R2を認めるには、単に、(BaS & BbS)(BaT & BbT)が成り立っているだけでなく、aさんがこれを信じている、あるいは信じることが可能でなければならないだろう。理由をもつ必要があるだろう。もしこの条件を書き込むならば、規則R2は次の規則R3になる。
(規則R3)どれをa、どれをS、どれをTとしても、
Ba(BaS & BbS), Ba[(BaS & BbS)(BaT & BbT)] ├ Ba((BaT & BbT))
 
この規則R3ならば、我々の通常の認識能力として認めることが出来るだろう。
この規則R3をもちいて、Ba(BaP & BbP) & Bb(BaP & BbP)を証明できるかどうかやってみよう。
 
  1 (1) BaA & BbA                        (C1)の仮定
  2 (2) (BaA & BbA)(Ba(BaA & BbA) & Bb(BaA & BbA)) (C2)の仮定
 1,2 (3) Ba(BaA & BbA) & Bb(BaA & BbA)                  (1)(2)MP
 1,2 (4) Ba(BaA & BbA)                                  (3)&-
ここで Ba[(BaA & BbA)(BaP & BbP)]を証明できたと仮定すると証明できる。
  5 (5) Ba[(BaA & BbA)(BaP & BbP)]                   仮定
1,2,5 (6) Ba(BaP & BbP)                                  (4)(5)R3
 1,2 (7) Bb(BaA & BbA)                                  (3)&-
1,2,5 (8) Bb(BaP & BbP)                                  (5)(7)R3
1,2,5 (9) Ba(BaP & BbP) & Bb(BaP & BbP)                  (6)(8)&+
 
規則R3(9)を証明するには、Ba[(BaA & BbA)(BaP & BbP)]の証明が必要である。
もしこの証明が出来ないとすると、我々は次の規則R4を導入する必要がある。
 
(規則R4)どれをa、どれをS、どれをTとしても、
Ba(BaS & BbS), (BaS & BbS)(BaT & BbT) ├ Ba[(BaS & BbS)(BaT & BbT)]
 
これは、我々の通常の認識能力として認められるだろうか。この規則R4は、次の規則R5の特殊な場合である。
 
(規則R5) どれをa、どれをP、どれをQとしても、
Ba(P), (PQ) ├ BaPQ
 
これを我々の通常の認識能力として認めることはできないだろう。すると、これより少し複雑で判りにくい規則であるが、しかし規則R4もまた、我々の通常の認識能力として認めるにはかだいであるといえる。なぜなら、共有知は、ごく簡単に成り立つ知であって、それほど高度の認識能力を前提しないはずだからである。
 
■以上の議論のまとめ:
ルイスによる共有知の定義は以下の3条件をみたす事態Aが成立しているということであった。
  (C1) BaA & BbA  
   (C2) (BaA & BbA)(Ba(BaA & BbA) & Bb(BaA & BbA))
   (C3) (BaA & BbA)(BaP & BbP)
しかし、これだけでは
  Ba(BaP & BbP) & Bb(BaP & BbP)
  BaBa(BaP & BbP) & Bb(BaP & BbP) & BbBa(BaP & BbP) & Bb(BaP & BbP)
など、高階の信念の成立を説明するには不十分であり、規則R1ないしR2を前提する必要があることがわかった。しかし、これらは過剰な認識能力を想定するものであり、現実的な認識能力としては、規則R3を想定する必要があった。しかし、この規則R3だけでは、おそらく高階の信念の成立を説明するには不十分であり、これに加えて規則R4を想定する必要があることがわかった。
共有知を説明するには、ルイスの定義に加えて、次の二つの規則を加える必要がある。
(規則R3)どれをa、どれをS、どれをTとしても、
Ba(BaS & BbS), Ba[(BaS & BbS)(BaT & BbT)] ├ Ba((BaT & BbT))
 
この規則R3と3条件によって、Ba(BaP & BbP) & Bb(BaP & BbP)を導出できるだろうか。
(導出できないことを証明できれば、この定義への批判は、次のように続くことになる。)
 
もし規則R3だけから、Ba(BaP & BbP) & Bb(BaP & BbP)を導出できないとすれば、我々には、次の規則R4の追加が必要になるだろう。
 
(規則R4)どれをa、どれをS、どれをTとしても、
Ba(BaS & BbS), (BaS & BbS)(BaT & BbT) ├ Ba[(BaS & BbS)(BaT & BbT)]
 
しかし規則R4は、我々の認識能力の規則としては過大な要求であり、現実的なものではない。
したがって、我々は共有基盤定義がいう3条件によって、必要に応じて高次の階層の知を構成できるとは考えられない。
 
 
■以上の議論の再検討
上記に、「規則R3(9)を証明するには、Ba[(BaA & BbA)(BaP & BbP)]の証明が必要である。」とのべた。この証明が問題であった。
これは、「<Aという事態が成り立っていることをaさんとbさんが信じているとき、両者はまたPを信じる>とbさんが信じている」ということである。
これは、ルイスの約束の事例においては、成り立っているだろう。
 
問題は、Ba[(BaA & BbA)(BaP & BbP)]が成り立っていることを、どのようにして上の定義に加えるかである。これをより一般的な規則から導出できるようにしようとしたのが、規則R4の提案であった。(それは失敗した。)
 
以下をルイスの定義の中に条件4として、加えたらどうだろうか。
(C4) Ba[(BaA & BbA)(BaP & BbP)]Bb[(BaA & BbA)(BaP & BbP)]
 
これによって、次の知は証明される。
Ba(BaP & BbP) & Bb(BaP & BbP)
 
では、次の知の証明はどうなるだろうか。
 
BaBa(BaP & BbP) & Bb(BaP & BbP) & BbBa(BaP & BbP) & Bb(BaP & BbP)