コメント

    昨日は、東京出張でした。

4spaceさん、鋭い分析ありがとうございました。
私が「認識論的個人主義」と呼んでいるものは、まさに
(x)[ K(x) -> (Ey)[I(y) & (x is y's)] ]
で表記されているとおりのものです。
したがって、その否定はご指摘の通り、
(Ex) [K(x) & ~(Ey)[I(y) & (x is y's)] ]
となります。
そして、ご指摘の通り、「いかなる個人にも属さないような認識がある」と主張したいと思っています。
そこで以下のご質問に答えたいと思います。
「これは一体、どんな様子なのでしょうか?」
「「個人」ではない、「全体者」あるいは「複数者」とでもいうような存在者による認識(そしてそれは「個人」によっては所有され得ないようなもの)がある、ということなのでしょうか? 」
個人の知ではないような「共有知」というものが個人の知の「基底」にあるだろうと考えています。
そのとき、個人の知と「共有知」の関係が問題になるのですが、その関係の前に、
そもそも、そのような「共有知とは、どのようなものなのか?」という問に答えなければならないでしょう。
「全体者」とか「複数者」というようないわば「大きな主体」を考えないで済ませたいとおもっています。J.サールもまた、”collective intentionality”(集団的志向性)を主張しつつも、ヘーゲルの精神を呼んで批判していますが、私もこれには賛成です。なぜなら、そのような主体の存在を証明することは出来ないし、仮にそのようなものを想定すると、それをどのような規模で考えるのか、ということが問題になります。不都合のない形で、それを想定することが難しいだろうと思います。
そこで、この共有知については、いわゆる「主体」を想定しないで考えてみたいとおもっています。むしろ、「主体」に関しては、「個人が知の主体である」というときに、「知の主体である」とはどういうことなのか、ということを分析する必要があるだろうと思います。
私は、個人を超えた共有知を考えていますが、しかし、共有知もまた、個人の知とおなじく、誰かの脳の現象(ないし随伴現象)であるだろうとおもいます。しかし、そこから全ての知の主体が、個人であるとか、個人の脳である、と言うことにはならないだろうと、予想しています。
(これは、まだ全くの予想です)
wise man’s knowledge と言うのをネットで調べてみたのですが、うまくヒットしなかったので、
お暇なときに、どういうものなのか、どこを見ればよいのか、などを少し教えていただけたらありがたいです。

投稿者: irieyukio

問答の哲学研究、ドイツ観念論研究、を専門にしています。 2019年3月に大阪大学を定年退職し、現在は名誉教授です。 香川県丸亀市生まれ、奈良市在住。

「コメント」への4件のフィードバック

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    あまり一般的でない用語を使ってしまったみたいで申し訳ないです。implicit knowledge或いはdistributed knowledgeなどとも呼ばれるようです。以下ご参考までにEpistemic Logic for AI and Computer Science (Meyer & van der Hoek)とReasoning about Knowledge(Fagin, Halpern, Moses & Vardi)から若干引用します。

  2. SECRET: 0
    PASS:
    引用1
    We say that a group of agents has implicit knowledge of a fact if the knowledge of that fact is distributed over the members of that group. . . . One can summarize this intuition by using the reading of Ip as: "a wise man knows p", as opposed to that of Cp[it is commonly known that p]: "any fool knows p". (Meyer & van der Hoek, p.66-67)

  3. SECRET: 0
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    4spaceさん、情報ありがとうございました。
    上記のテキストを探してみます。
    私が考えている共有知は、ここで言われているimplicit knowledgeやdestributed knowledgeに近いものです。ただし、これは通常は個人の知に還元して説明されていると思うのですが、そのような還元が不可能であるということを証明したいとおもっています。そしてそれをどのようにして形式的に表現するか、また具体的な知のあり方としてどのように考えるか、ということを考えたいと思っています。

  4. SECRET: 0
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    興味深く拝読しました。個人知から構築される標準的な共有知でない共有知をお考えなのですね。なんとなく「絶対精神」を思い起こさせますが、そうでないものをお考えということもわかりました。4spaceさんのご紹介を見ますと、implicit knowledge(or distributed knowledge)は、「専門知」を指すようです。多くの人は生物学の細部など知りませんが、その気になれば、すべての生物の遺伝情報をDNAが伝えていることを知ることができます。本を読めばよいし、あるいは、ネットで検索すれば、それに到達できます。この意味で、それは潜在的に知られています。管理人様の共有知はこの専門知に近いが、同じものではないとのこと(専門知は歴史をたどれば必ず数人の専門家にたどりつきます)。絶対精神でもなく専門知でもない・・考察を楽しみにしています。

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