3月4日の暖かい朝でした。これは梅ではなくて、桜だとおもうのです。
こんなに早く咲く桜があるものでしょうか?ご存知の方がいたら、教えてください。
ここでは次のように仮定して議論したい。
<心はすべて脳の物理現象に還元される。つまり厳密にいうならば心は存在しない。意志の自由というものも存在しない。我々は、心について語ることができるが、それは「太陽が昇る」と語ることを我々が許しているのと同様の意味で許されるからである。>
<このような物理主義的世界観を人類のほとんどの人々が信じており、そのことが共有されている世界>を、以下では、「物理主義の世界」と呼ぶことにしたい。
ここで考えたいのは次ぎの問である。
問「物理主義の世界では、道徳や法は成立するだろうか?」
私が物理主義の世界の住人であるとしよう。私Aが、Bさんに次のように言うとしよう。
A「駅まで車に乗せてくれたら、千円払います」
B「了解しました」
Bさんは、わたしを駅まで運んでくれたとしよう。
B「それでは千円ください」
A「私は、千円持っていないのです」
B「私をだましたのですか?」
A「そのとおりです」
B「うそをつくのはよくないことです」
A「なぜですか?」
B「うそをついてはいけない、というのが、我々の社会のルールなのです」
A「それは知っています。しかし私は悪くありません」
Bさんが警官を呼んで、警官が私を捕まえ、裁判になったとしよう。私は次のように自己弁護する。
A「私はうそをついたことをみとめます。しかし私を刑法で罰することはできません。なぜなら、私には自由がないからです。」
物理主義の世界にも裁判制度があり検察官がいるとすると、検察官は私に何というだろうか?
(このような状況設定自体に矛盾がある可能性がありますが、その場合には、それを明らかにすることができれば、幸いです)
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はじめまして。
偶然このブログを見つけ、いくつか記事を拝見いたしました。
私は「哲学」について門外漢なのですが、コメントを寄せてもかまわなかったでしょうか・・・・(的外れな内容であれば削除いただいて構いません)。
さて・・・・。
「物理主義の世界」に裁判制度や検察官が存在すると言う前提での「お題」、ということで、私なりに答えを考えてみました。
これは刑法学で言うところの、古典学派と新派の議論に通ずるテーマではないか、と拝察いたしましたが・・・・。
以下、私の考えた答えです。
検察官の台詞「それでも我々は貴方を刑法によって処罰することになる。なぜなら、我々の世界における刑罰は、犯罪の行為者が「自らの意志」で犯罪行為を選択したことに対する道義的非難に対して加えられるものではなく、法(社会の秩序)が存在することを行為者が知っており、それに対するペナルティのリスクも知りつつ、敢えて犯罪を犯す、そのような行為者の生得的傾向そのものに対して社会秩序を危険に晒す因子として隔離・排除し、かつ可能であれば社会適応的に脳内の物理挙動を修正すべく加えられるものだからだ。」
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ちーさん、役立つコメントをありがとうございました。
早速『古典学派」で検索したら、ヒットしました。
http://blog.goo.ne.jp/higaishablog/e/b58a2f12eba75746a573c3ab2504fb7a
私は法学の門外漢で、このような議論があることを知りませんでした。
このブログで説明のある議論は、ドストエフスキーにも時々登場する議論だとおもいます。この論争と、私が考えようとするテーマは、ほぼ同じものです。もし違うとすれば、私の想定する物理主義の世界では、人間の意思が、遺伝や環境によって部分的に、あるいは大部分決定されている、という主張ではなく、完全に決定されていると主張する点です。その点では、近代学派の理論のほうが、議論が複雑になりそうです。
私はとりあえず、物理主義の世界と法が両立するかを考えてみたいとおおいます。貴重な情報をありがとうございました。
After I originally commented I clicked the -Notify me when new feedback are added- checkbox and now each time a remark is added I get 4 emails with the same comment. Is there any approach you can take away me from that service? Thanks!