154  照応の成立条件は何か  (What are the conditions for anaphora to occur?) (20250427)

[カテゴリー:問答の観点からの認識]

照応の推移性の場合と同様に、一回の照応関係であっても、照応が成立するために先行詞が対象を指示している必要はありません。なぜなら、先行詞が何かを指示することに失敗していても、照応関係は成立しているからです。

 では、照応関係が成立するために必要な条件は何でしょうか。照応関係がどのようなものであるかを考えてみましょう。

#照応における二重の指示(表現への指示と対象への指示)

 照応表現は、<先行詞への指示>を介して、<先行表現が指示する対象>を指示します。つまり、照応が成立するためには、この二重の指示が必要です。問答の場合、問いへの答えは、問いに含まれる表現への照応を必要とします。つまり<問いの表現への指示>と<問いの表現が指示する対象への指示>を必要とします。詳しく分析するために、次の問答の例で考えてみます。

  「課長の車はどれですか」「それはあの赤い車です」

この答えの中の「それ」は、問いの中の「課長の車」を先行詞として指示しています。この先行詞「課長の車」は指示対象を持ちますが、問う者は指示対象がどれであるかを知らず、この問いでそれを問うています。答える者は、それを知っており、答えの中でそれを教えています。ただし、答えの中の「それ」で「課長の車」の指示対象を指示しているのではなく、答えの中の「あの赤い車」で「課長の車」の指示対象を指示しています。次の問答を考えてみましょう。

  「課長の車はどれですか」「それがどれか私にもわかりません」

この問答の場合、答える者も、「課長の車」の指示対象を知りません。それでも答えの中の「それ」が、問いの中の「課長の車」を照応することは成立しています。つまり、照応関係が成立するためには、先行詞の指示対象を知っている必要はありません。たしかに、ここでの問う者も答える者も、先行詞「課長の車」の指示対象がどれであるかを知らなくてもよいのですが、しかし先行詞が何らかの対象を指示していることを理解していることは必要です。

 ここでは、「先行詞が何かを指示していることを知っている」と「先行詞が何かを指示していることを理解している」を次のように区別したいともいます。なぜなら、「先行詞が何かを指示していることを知っている」と言えるためには、「先行詞が指示している具体的な対象を知っている」こと、あるいは、「先行詞が何も指示していないとすると矛盾することを知っている」ことが必要だと考えるからです。それに対して、「先行詞が何かを指示していることを理解している」と言えるためには、「先行詞が指示している具体的な対象を知っている」ことは必要でないと考えます。

 以上の考察では、次の3つを区別しました。

  「課長の車」の意味(Sinn,意義)を知っていること

  「課長の車」の指示対象(Bedeutung)を知っていること

  「課長の車」が何かを指示していることを知っていること

 ところで、これまで照応関係を、照応詞による先行詞の照応として論じてきました。しかしこれは不正確でした。実際には私は照応関係を語句と語句の関係ではなく、発話と発話の関係として考えていたからです。

 次回は、この点を修正し、その上で、指示と照応の関係について考察したい思います。

投稿者:

irieyukio

問答の哲学研究、ドイツ観念論研究、を専門にしています。 2019年3月に大阪大学を定年退職し、現在は名誉教授です。 香川県丸亀市生まれ、奈良市在住。