172 論理的認識と経験的認識の違い(The difference between logical and empirical knowledge(20260325)

[カテゴリー:問答の観点からの認識]

論理学・数学と経験的認識の違い

論理的・数学的認識と経験的認識の違いは、単に「論理空間に属するものの認識」と「空間と時間に属するものの認識」の違いにとどまらない。

論理学・数学における認識者は、確かに時間的・空間的座標をもつが、その座標は思考内容に影響を与えない。論理学・数学の思考対象には、時間・空間や認識者自身は含まれていない。

これに対して経験的認識では、対象も認識者も空間・時間の座標をもち、認識そのものも空間時間内の出来事として位置づけられる。そしてその座標は、認識内容に影響を与え、内容を規定する。

自己意識において「意識される自己」と「意識する自己」が同一であるとみなされるように、経験的認識においても、対象の存在する時空間と認識者の存在する時空間は同一である。認識対象は時間空間の中にあり、認識者もまたその時間空間の中にいる。

では、「二つの時空間が同一である」とはどういうことだろうか。


私が私自身を反省するとき、反省される私の時空座標が反省する私の時空座標と同一であり、かつ二つの時空間が同一であるならば、二つの私は同一であると言える。「二つの時空間が同一である」とは、それぞれの時空座標の変換が等式として成立する、ということである。

変化の経験や認識はどのように生じるのか?

時間の経験とは、何かの変化の経験である。では、変化はどのように認識されるのだろうか。
何かの変化を認識するとは、「変化するもの」と「変化しないもの」との区別を認識することによって成立する。

あるものの性質や状態が A から B に変化するとき、同一のものが A であることと B であることは同時には成立しない。したがって、A と B の両立不可能性を解消するために、私たちは A と B に異なる時間を割り当てる。

このプロセスにおいて、変化するものは A や B といった性質であり、変化しないものはそれらの性質をもつ「あるもの」そのものである。また、A と B が両立不可能であるためには、A と B に共通する何らかの基盤が存在しなければならない。もし全く共通点がなければ、そもそも両立不可能という関係自体が成立しないからである。

たとえば、ある対象が黄色から赤に変化するとき、黄色であることと赤であることは両立不可能であり、それを解消するために、それぞれの色を異なる時間に割り当てる。

また、ある対象がある方向から見ると楕円であり、別の方向から見ると円である場合、この二つの性質を両立させるために、その対象を三次元空間に置き、観察方向を区別することで両立不可能性を解消できる。

このように、一つの対象は時間・観点・意味・現れなどによって、両立不可能な性質や関係をもつことがある。これらの両立不可能性は、さまざまな区別の導入によって解消できるが、主に次の二つの仕方がある。

  1. 時間を区別することによって、対象自体の変化として解消する。
     この場合、時間は対象がその中に存在する「客観的時間」である。
  2. 時間を区別することによって、対象の現れ(認識)の変化として解消する。
     この場合、時間は対象の認識が行われる「主観的時間」である。

次回は、この時間論と問答関係の関係を考察したい。

171 正統化についての再説明(Re-explanation of legitimation)(20260307)

[カテゴリー:問答の観点からの認識]

#正統化についての再説明

 次のような入れ子型二重問答関係があるとしよう。

Q2→Q1→A1→A2

(これはQ2に答えるために、Q1を立て、その答えA1を前提して、Q2の答えA2に到達する、という関係を表現している。)

ここで、次の二つの場合を分けることができる。

(1)ある場合には、Q1の答えは、その内容がどのようなものであれ、常にQ2に答えることに役立つ。

 Q2「これは食べごろですか」

Q1「これは赤いですか」→A1a 「これは赤いです」 →A2a「これは食べごろです」

→A1b「これは赤くないです」→A2b「これは食べごろではないです」

この場合には、Q1の答えが正しいのならば、その答えがA1aであってもA1bであっても、Q2に正しく答えるのに役立つ。Q1の答えが正しくなければ、Q2に正しく答えるのには役立たない。したがって、A1から導出されるQ2の答えが正しいことによって、A1は正統化される。

(2)ある場合には、Q1の答えがある特定の内容の場合には、Q2に答えることに役立つが、それ以外の内容が答えの場合には、Q2に答えることに役立たない。

 Q2「これは桜ですか」

Q1「これの花弁は5枚ですか」→A1a 「5枚です」 →A2a「これは桜かもしれません」

→A1b「5枚ではありません」→A2b「これは桜ではありません」

Q1の答えが、A1a である場合には、Q2に答えるには役立たない。A1bである場合には、Q2に答えるのに役立つ。この場合にも、A1bがQ2に正しく答えるのに役立つのは、それが正しいときである。

この場合、A1bから導出されるQ2の答えが正しいことによって、A1bは正統化される。

それに対して、A1aが正しいとしても、この場合には、それは正統化されない。

このQ1の問いの寄り上位の問いQ2が「これはハナミズキですか」であれば、

Q1「これの花弁は5枚ですか」→A1a 「5枚です」 →A2a「これはハナミズキではありませせん」

この場合、A2a が正しいならば、A1aはその答えを導出するのに役立ったので、正統化される。

Q1の答えが、より上位の問いQ2に答えるのに役立つか役立たないか(つまり、正統であるか、いなか)は、Q2の内容に依存しており、Q1とA1の内容だけに依存するのではない。

(3)Q1の答えA1は、より上位の問いQ2の真だと思われる答えと両立不可能であるとき、批判される。だだし、Q2の真だと思われる答えを知っているのならば、それに答えるためにQ1を問うことはないであろう。したがって、このようなケースは少ないかもしれない。

ただし、つぎのようなケースは多くあるだろう。Q1の答えA1が、真だと思われる他の命題と両立不可能であるとき、A1はQ1の答えとして、批判される。この場合には、Q1の真なる答えを、A1以外のものの中に探ることになる。

次回から、経験的認識の正統化について、そして手始めに、時間認識の正統化について、考察したい。