56 暗黙的推論について (20230527)

[カテゴリー:問答推論主義へ向けて]

#暗黙的推論(implicit inference)

論理的語彙とは、推論関係を明示化するための語彙ですが、推論は、論理的語彙がなくても可能です。例えば、「これはリンゴです」から「これは果物です」と言うことができます。このとき、私たちは暗黙的に推論を行っています。その推論を明示化すると「もしこれがリンゴであるなら、これは果物です」ということになります。ここでは論理的語彙「もし…ならば、…」を使用しています。私たちは、暗黙的に行っている推論を明示化するために、論理的語彙を使用するのです。もう一つ例を挙げましょう。「これはリンゴです」から「これはナシではない」と言えます。このときも私たちは暗黙的に推論を行っており、その推論を明示化すると、「これはリンゴであり、リンゴはナシではないので、これはナシではない」ということになります。ここでは、論理的表現「ない」「ので」を使用しています。暗黙的に行っている推論を明示化するには、このような論理的語彙が必要なのです。

#論理的語彙の保存拡大性

論理的語彙の「保存拡大性」とは、<論理的語彙(論理結合子と量化子。このほかに何を含めるかは論争の余地があります)を(導入規則によって)導入して、直ちに(除去規則によって)除去するとき、論理的語彙の導入と除去の前に、正しくなかった推論が正しくなることはなく、正しかった推論が正しくなくなることはない、つまり、以前の推論関係が保存される>ということです。

N.BelnapやM.Dummettがこのような論理的語彙の保存拡大性を考えたとき、彼らは暗黙的推論を想定していなかっただろうと思います。私も、『問答の言語哲学』では、このような暗黙的推論を考えていませんでした。

#暗黙的推論を認めるとき、論理的語彙の保存拡大性は変化するのか?

 論理的語彙によって明示化される明示的推論は、論理的語彙を用いないでも暗黙的に成立している暗黙的推論であるとすると、論理的語彙によって可能になるすべての推論は、論理的語彙を除去規則によって除去しなくても、論理的語彙を導入する前から、暗黙的推論として成立していたことになります。したがって暗黙的推論をこのようなものとして想定するとき、論理的語彙の保存拡大性は、自明なこととして成立します。

 ところでベルナップが論理結合子が「保存拡大性」を持つべきだと提案したのは、次の「tonk」のような不適切な論理結合子を排除するためでした。これは、次のような導入規則と除去規則を持つ論理結合子です。

  p┣ptonk r  (導入規則)

      ptonk r┣ p  (除去規則)

    ptonk r┣ r  (除去規則)

上記のような仕方で暗黙的推論を認めると、「tonk」のような不適切な論理的語彙もまた保存拡大的であることになってしまいます。

 この問題を解決するにはどうしたらよいでしょうか。