保存拡大を持たない例として、ダメットが挙げているのは、侮蔑語「ボッシュ」である。「ボッシュ」というのは、ドイツ人に対する侮蔑語で、それを誰かに適用する条件(つまり「ボッシュ」の導入期測)は、その人がドイツ人であるということです。
xはドイツ人である┣xはボッシュである
その適用からの帰結すること(つまり「ボッシュ」の除去規則)は、
xはボッシュである┣xは冷酷である
です。これらに推意律を適用すると次が成立します。
xはドイツ人である┣xは冷酷である
この推論は、「ボッシュ」を導入する前の語彙と推論規則からでは成立しません。つまり「ボッシュ」の導入規則と除去規則は「保存拡大」ではない、ということになります。
(Cf. Dummett, Frege Philosophy of Language, Harvard UP, p. 454)
このような侮蔑語、差別語の場合には、典型的には、事実の記述が導入規則の前提になり、価値評価が除去規則の結論になります。これらは「非拡大保存」だといえるでしょう。
Brandomは、「ボッシュ」からの帰結である。「xはドイツ人である┣xは冷酷である」を認めませんが、それが「ボッシュ」が「非保存拡大」であるからではなく、単に推論として受け入れられないからであると言います(ダメットが、この点を、どう考えているのか分かりかねます)。
つまり、Brandomは、侮蔑語以外にも「非保存拡大」の語彙があり、「非保存拡大」であること自体は不都合ではないと考えています。
では、そのほかの「非保存拡大」の語にはどのようなものがあるのでしょうか。ブランダムが挙げているのは、科学における「温度」の例です。それを次に見ましょう。