50 朱喜哲さんへの回答(1)(20211128)

[カテゴリー:『問答の言語哲学』をめぐって]

朱さんのご質問「問答主義者は、同時に推論主義者であることができるのか?」は、次の構成になっています。

  1.導入

  2.用語確認と課題設定

  3.推論主義プログラムとそのモチベーション

  4.推論主義と問答主義は両立するのか?

  5.「メタ意味論」としての推論主義と問答主義の共存可能性

以下、順番に簡単に内容を紹介します。

「1.導入」は、拙著のプログラムとブランダムの構想の比較をおこない、タイトルの問い「問答主義者は、同時に推論主義者であることができるのか?」に否定的に答え、それを踏まえて提案を行うことを予告しています。

「2.用語確認と課題設定」では、拙著の立場を「問答主義」(問答推論的意味論+問答推論的語用論」のペアの構築を目指すもの)とし、ブランダムの立場を「推論主義」(「推論的意味論+規範的語用論」のペアの構築を目指すもの)と名付け。この二つのプログラムが「どれだけ重なり、あるいは齟齬があるのか」を論じています。

 私は問答推論的意味論でブランダムの推論的意味を「拡張」しようとしているのですが、しかし、朱さんからみると、必ずしもそうなっていない点があると言われます。具体的な齟齬は、後の4で説明されます。

「3.推論主義プログラムとそのモチベーション」では、ブランダムの推論主義の特徴を説明します。「推論主義では、「社会的な「規範性」」が原初的な概念となるのに対して、「一般的な語用論とは切り離せる――意味論の場合」には、「ことばと対応する世界やそうした表象関係における「真理性」は原初的な概念となる」とされます。

 この「推論主義」のモチベーションは、「[社会で]流通する規範性だけを説明資源として真理性や客観性、ことばと世界との関係までをも説明しよう」ということです。

「4.推論主義と問答主義は両立するのか?」では、この見出しの問いに対して。両立しないと答えます。朱さんは、「「推論」と「問答」は当然ながら異なる言語実践である」(4)とみなし、「問答実践はある意味で推論実践を補完する」(4)ことは認めながらも、「社会規範としての「よし/あし」が問われる「推論」関係と、問肯定の組み合わせのパターンと規則を持ち「正解/不正解」が問われる「問答」関係とは、異なる関係性」(4)であると主張します。

この点のより具体的な指摘としては、次のようなことがあります(列挙すれば次の5つになると思います)。

(1)「「問答推論の正しさ」は先述した実質推論のもつ規範性とは、少なくとも相違があるだろう。」(5)

(2)「真なる推論」を「推論が妥当であり、かつすべての前提と結論が真であることだと定義」([『問答の言語哲学』] 122)している箇所での「「真」用法は――真理条件意味論的な「真理」の原初概念を持ち込んでいる記述と解するべきだろう。」(5) と指摘します。

(3)脚注5では、「すべての発話は暗黙的に依頼(質問)である」(『問答の言語哲学』197)

という主張は、「~せよ」という発話を「~してくれませんか?」にパラフレーズ可能なものとにしてしまうため、「「規範性」の明示化というプログラムにとっては採用できない(かメリットのない)提案」であると指摘します。

(4)問答主義では、知覚報告の扱いが「超推論主義」になっていると指摘します(脚注6)。

(5)脚注8では、「推論主義ならば扱わなくてよい課題」の典型が「合成性の説明」であると指摘します。その理由は、ブランダムがBrandom(2010), p.336.で述べているということです。

5.「メタ意味論」としての推論主義と問答主義の共存可能性

 朱さんは、4での考察から、問答主義と推論主義は両立しないと結論します。

 しかし、もし「推論主義」プログラムを「フルパッケージ」で運用するのではなく、「推論主義」を意味論の方針を示す「メタ意味論」として採用するならば、Chrisman (2016) のように真理条件意味論と組み合わせることは可能であり、同様に「推論主義」を「問答主義」と組み合わせることも可能であると見なします。そこで、「まずはメタ意味論としての「問答主義」の定式化をおこない、そのうえで折衷主義をとれるなら具体的な棲み分けを検討するというステップが望ましいのではないだろうか」(6) と提案します。

以上のような質問に対して、合評会で、私は「推論主義」プログラムをフルパッケージで採用したいと答えました。そのためには、朱さんが4で指摘した齟齬、つまり『問答の言語哲学』の中の推論主義と両立しないように見える点を説明し、場合によっては修正する必要があるでしょう(合評会当日、若干説明を試みましたが、不十分なものでした)。4での具体的な5つの指摘は、私にとって大変有益なものでした。ありがとうございました。次に、これらの具体的な指摘に答えたいと思います。