[カテゴリー:『問答の言語哲学』をめぐって]
#いちろうさんの質問9は次です。
「質問9 p.117の「何」疑問への返答は、同一性文の場合と主語述語文の場合があるとのことですが、「それはリンゴです。」はなぜ、「それ=リンゴ」の同一性文では駄目なのでしょうか。(「リンゴはそれのことです。」と言えるような気がします。)もし、駄目なのだとしたら、p.122からの決定疑問の問答でも、「これはリンゴですか。」のような問いの場合は、答えは同一性文にはならないということでしょうか。その場合、「それはリンゴです。」は焦点を持たないということでしょうか。
また、補足疑問の答えが同一性文にはならず主語述語文になる場合が挙げられていましたが、その場合には、その主語述語文全体が焦点となるので、p.105の「一つの発話は一つの焦点しか持ちえない」の例外になるということでしょうか。」
質問の前半について
「それはリンゴです」は、主語述語文であって、同一性文ではありません。なぜなら「それ」は個体を指示するのですが、「リンゴ」は一般名であり、対象の集合を指示ないし表示するからです。
「それはリンゴです」は主語述語文ですが、主語述語文であっても、「それ」あるいは「リンゴ」の部分に焦点を持つことができます。
質問の後半について、
補足疑問への答えが主語述語文になるのは、例えば次のような場合です。
「それは何色ですか」「それは赤色です」
この答えは、主語述語文ですが、主語述語文もその部分、「それ」や「赤色」の部分に焦点を持つことができます。
#いちろうさんの質問10は次です。
「質問10 p.130で主たる焦点、第二の焦点とありますが、p.105の「一つの発話は一つの焦点しか持ちえない」との関係はどうなるのでしょうか。なんとなく、補足疑問の主たる焦点は疑問詞にあるというのが怪しいような気がするのですが。もしそうだとすると、「図書館では静かにしなさい!」という発話の焦点は、「!」にあることになってしまう気がします。(日本語では、前後の文脈で命令であることが明確ならば!は使わないことも多いので、そうすると、表記上のテクニックで、焦点が変わることになってしまいます。)」
私は、現実におこなわれた一つの発話の焦点は、一つになると考えています。その理由は、現実の発話は相関質問への答えとして発話され、相関質問が補足疑問ならば、答えの焦点はその疑問詞のところに代入される表現におかれるからです。したがって、p.130での例のように、主たる焦点と第二の焦点を想定できる場合でも、主たる焦点は一カ所だけになると考えます。そして、第二の焦点もまた一カ所だけになると考えています。なぜなら、主たる焦点の部分を除いた残りの部分を文とみなす場合に、それもまたある相関質問に対する返答として成立すると考えるからです。
補足疑問の焦点が、疑問詞の部分にあるので、返答の発話の焦点も、その疑問詞に代入される表現におかれることになります。補足疑問の焦点位置とその返答の焦点位置は、同じところにおかれることになります。決定疑問の場合に、たとえは「これはリンゴですか」は「これ」に焦点がある場合と、「リンゴ」に焦点がある場合があります。そして答えの「はい、それはリンゴです」は、前者への返答ならば「それ」に焦点があり、後者への返答ならば「リンゴ」に焦点があります。つまり、次のように決定疑問の場合にも、質問の焦点位置と返答の焦点位置は、同じところになります。
「これはリンゴですか」「はい、それはリンゴです」(下線部は焦点位置を表します)
「これはリンゴですか」「はい、それはリンゴです」
#いちろうさんの質問11は次です。
「質問11 p.141注記で、返答と並行するかたちで、質問についても格率が示されていますが、返答の場合は常に質問があるけれど、質問の場合は常により上位の質問があるとは言えないのではないでしょうか。(質問の前提には、より上位の質問があるとしても)もし常には質問に上位の質問がないのだとすると、グライスの格率は適用できない場合もある、ということになってしまうのでしょうか。」
質問するときには、何かの目的があるはずです。ある目的を持っているということは、ある問いを立てているということでもあります。したがって、質問するときには、(無自覚に、暗黙的に、であるかもしれませんが)何かのより上位の問いをもっていると考えます。
グライスの格率は、破ることも可能であるような規範であり、自然法則のように、常に成立しているものではありません。それゆえに、格率を意図的に破っていることを伝えることによって、何かを会話の含みとして伝えることも可能になります。このことは質問発話の場合も同様だろうと思います。たとえば、それまでに会話の内容と無関係な質問をすることによって、「話題を変えたい」ということを伝えることができます。
もし上位の質問がない場合があれば、その時には私がp.140の脚注30で述べた、質問発話の格率は、有効ではなくなるかもしれませんが、その場合にも、より一般的なグライスの格率は規範として妥当するだろうと思います。
#いちろうさんの質問12は次です。
「質問12 p.153の例がしっくりこないのですが、旧情報の「ベンツは高級車だ」が、新情報「メアリーはベンツを運転している」よりもあとの発話になるのはなぜでしょうか。
第一章のQ,Γ├pの前提Γを用いるならば、
前提Γ「ベンツは高級車だ」(旧情報)「お金持ちは高級車に乗る」
Q2「メアリーは、お金持ちだろうか?」
Q1「メアリーはベンツを運転しているだろうか?」
A1「メアリーはベンツを運転している」(新情報)
Q2「メアリーは、お金持ちだ」
では駄目なのでしょうか。」
ここでは、関連性理論が、会話の含み(推意)をどう説明するのかを説明しています。
聞き手が、「メアリーはベンツを運転している」という発話を聞いたときに、その会話の含み(推意)として伝えようとしていることは「メアリーはお金持ちだ」だと理解するとします。その場合に、聞き手はその含み(推意)にどのようのようにしてたどり着いたのか、ということを説明しようとしています。聞き手は、「ベンツは高級車だ」という旧情報を想起して、これと新情報を合わせることによって「メアリーはお金持ちだ」という文脈含意を得ることができ、話し手がこれを「推意」として伝えようとしているということを理解することになります。そのために、この順番になります。
なお、ここでは、このような関連性理論による説明では、複数の「推意」が可能であるので、二重問答関係で説明する方がより優れていることを示しました。