02 研究の始まりはいつから?

大藪秦『共同注意』(川島書店、2003)によれば、「共同注意」の研究は、David&Appell ‘A Study of nursing care and nurse-infant Interaction’ 1961にはじまり、注目されるようになったのは、Scaife & Bruner ‘The capacity for joint attention in the infant’ in Nature, 233, 265-266, 1975からのようである。「共同注意」(joint attention)という言葉を最初に使ったのが、Scaife & Brunerの上記論文であるかどうか、私はまだわからない。

ただし共同注意ではないが、互いに相手を知覚していることに気づいているという「相互覚知」(mutual awareness)については、Bateson, G. & Ruesch, J.”Communication” Norton Company, 1951 ベイトソン&ロイシュ『コミュニケーション』(思索社)に登場する。

大藪氏のこの本によると、ブルーナーがこの論文で研究した「視覚的共同注意」とは、次のようなものである。幼児と50センチ離れて座った実験者が、乳幼児としっかり目を合わせた後で、乳児の左右に1.5メートル離して置かれた目標物(乳児からは見えない)に対しゆっくり視線を向け、7秒注視する。これを左右1回ずつ行い、乳児が一回でも実験者が向いたのと同じ方向を見れば、「視覚的共同注意が成立した」と評価したそうである。2-4ヶ月児10名のうち3名が実験者の視線を追うように頭を回転させた。11月―14ヶ月までには全員(5名)が実験者の視線を正しく応用になることが報告された。

ちなみに、大藪氏によると、Trevarthenが(Trevarthen. C. & Hubley, P. ‘Secondary intersubjectivity: Confidence, confinding and acts of meaning in the first year. In A. Lock (ed.), “Action, gesture and symbol”, London, Academic Press.)、乳児-人間という二項の間で展開される間主観的状況を「第1次間主観性」(primary intersubjectivity)とよび、乳児-物-人間という三項のコミュニケーション構造が成立したとき「第2次間主観性」(secondary intersubjectivity)と名づけて区別したそうである。

ここでいう、「第1次間主観性」は、ベイトソンのいう「相互覚知」と同じものであろうと思われる。「間主観性」という言葉は、この当時流行した現象学における他者論でもちいられた用語である。Trevarthenの研究には、現象学の影響があるのかもしれない。哲学では、ルイスが(David Lewis “Convention” 1969)「共有知」を論じたのが、最も初期のものかもしれない。

(論文のように硬い文章になってしまいましたが、これは私の準備不足のせいです。)

01 スロースタートします

英字ビスケットのWとMに違いはあるのでしょうか。
答えは食べてしまってお見せできませんので、買ってください。
(適当な写真がないので、こんな写真ですみません。)

共有知の存在証明をするための方法には、いくつかあると思います。(いずれまた、別のやり方を別の所で議論するかもしれません。)この書庫では、発達心理学での話題になる幼児の「共同注意」をまず説明し、それをもとに個人的な注意よりも、共同注意が発達上先行するということ、個人による指示よりも、「共同指示」ともよぶべきものが、発達上先行すること、この二点を何とか、この書庫で証明したいと思います。

まずは、共同注意の説明から始めたいと思いますが、私も勉強しながらなので、ぼちぼち進めることになります。