【カテゴリー:問答の観点からの認識]
知覚報告に還元不可能な経験判断がどのようにして生じるのかを考えてみたい、と予告しましたが、その場合を含めて、すべての経験判断が問いや推論との関係でどのようにして生じるのかを考察したいと思います。
#経験判断と推論
知覚は探索の結果として生じ、<知覚報告>は問いへの答えとして生じる、と説明してきました。次に<知覚報告だけから推論によって得られる経験判断>もまた、その推論が一般的に問いの答えを求める過程として成立するのだとすれば、問いに対する答えとして成立と考えられます。最後に<知覚報告に還元できない経験判断、つまり知覚報告だけからの推論では得られない経験判断>についても、それは問いに対する答えとして生じるのだと考えられます。つまり(知覚報告を含めて)全ての経験判断は、基本的には、問いに対する答えとして生じるのだと思います。
①推論によらない直接的経験判断(知覚報告)
②知覚報告だけから推論によって得られる経験判断
③知覚報告だけからの推論によって得られない経験判断
この分類における「推論」とは演繹推論です。ただし③の経験判断の中には、次のようなものがあります。
a、知覚報告と③の経験判断からの演繹推論によって得られる経験判断
b、知覚報告と③の経験判断からの帰納推論によって得られる経験判断
c、知覚報告と③の経験判断からのアブダクションによって得られる経験判断
(このa,b,c以外にも経験判断を得る方法があるかもしれません。帰納やアブダクションについての考察は、後で行うことにします。)
これら①②③の全てが、問いに対する答えとして発生すると思われます。以下では、経験判断における問答と推論の関係を考察します。
#問答と推論の関係:二重問答関係、直列問答関係、並列問答関係
①の知覚報告の場合には、例えば「それは青いですか?」という問いに対して推論に寄ることなく知覚に依拠して、知覚報告「それは青いです」で直接に(つまり推論によらずに)答えていると言えるでしょう(知覚そのものが推論過程であるという主張については、知覚と知覚報告の区別を踏まえた上で、別途考察したいとおもいます)。
②と③の経験判断の場合には、推論が働いています。このとき、つぎのような二重問答関係が成立します。
Q2→Q1→A1→A2
(これで、Q2に答えるためにQ1を問い、その答えA1を前提にして、Q2の答えA2を推論する、という関係を表示することにします。)
例えば、Q2「それは桜ですか、梅ですか?」という問いに対して、Q1「その花は直接に枝についているのだろうか、それとも茎によって枝と繋がっているのだろうか?」という問いを立て、知覚に問い合わせて、A1「花は茎によって枝と繋がっている」と知覚報告し、それを前提に推論して、A2「その花は桜です」と答える場合です。この経験判断A2は、知覚報告A1からの推論によって得られる経験判断です。
上記の②や③では、最終の経験判断を得るために、知覚報告や他の経験判断を前提にして推論します。そしてこれら自身もまた別の問いに対する答えとして得られるのだとすると、最終的な問答Q2→A2の間にQ1→A1という問答が入れ子型に挿入されることになります。
ここでA2を導出するための推論の前提が、複数ある場合には、挿入される問答も複数になります。その場合を以下で考察します。
ちなみに、二つの問答を結合する仕方には三種類(二重問答関係、直列問答関係、並列問答関係)あることについては、『問答の言語哲学』(pp.147-149)で指摘しました。以下はそれを展開したものになります。
・二重問答関係:<Q2→Q1→A1→A2>
Q1→A1がそれ自体次のような二重問答関係Q1→Qi→Ai→A1になっていることが可能であり、さらにQi→Aiが二重問答関係になっていることも可能であり、これは必要に応じて反復可能です。これを「多重入れ子型問答関係」と呼びたいと思います。
・直列問答関係:二つの問答が直列すると<Q1→A1→Q2→A2>となるが、このQ1とQ2を問うのが、Q3の答えA3を得るためであるとすると、つぎのように表記できます。
<Q3→Q1→A1→Q2→A2→A3>
この場合、Q3とA3の間に直列で挿入される問答は、必要に応じて2つ以上になることが可能です。上記の二重問答関係は、直列問答関係において直列で挿入される問答が一つの場合と見ることができます。
・並列問答関係:Q1→A1とQ2→A2を並行して行う場合、このQ1とQ2を問うのが、Q3の答えA3を得るためであるとすると、つぎのように表記できます。
↗ Q1→A1 ↘
Q3 A3
↘ Q2→A2 ↗
この場合、Q3とA3の間に並列で挿入される問答は、必要に応じて2つ以上になることが可能です。上記の二重問答関係は、並列問答関係において並列で挿入される問答が一つの場合と見ることができます。
このように考える時、多重入れ子型問答関係、直列問答関係と並列問答関係は、すべて二重問答関係から発展したものだと言えます。
#多重入れ子型問答関係
例えば
Q7「これは長期間、青いのか?」
これに答えるために次のように問います。
Q6「これは10年後も青いのか?」
これに答えるために次のように問います。
Q5「これは一年後も青いのか?」
これに答えるために次のように問います。
Q4「これは一か月後も青いのか?」
これに答えるために次のように問います。
Q3「これは一週間後も青いのか?」
これに答えるために次のように問います。
Q2「これは明日も青いのか」
これに答えるために次のように問います。
Q1「これは今青いのか」
これに次のように答えます。
A1「これは今青い」
これをもとに、Q2に次のように答えます。
A2「これは明日も青い」
これをもとにQ3に次のように答えます。
A3「これは一週間後も青い」
これをもとにQ4に次のように答えます。
A4「これは一か月後も青い」
これをもとにQ5に次のように答えます。
A5「これは一年後も青い」
これをもとにQ6に次のように答えます。
A6「これは10年後も青い」
これをもとにQ7に次のように答えます。
A7「これは長期間青い」
ここには、次のような「多重入れ子型問答関係」が成立しています。
Q7→Q6→Q5→Q4→Q3→Q2→Q1→A1→A2→A3→A4→A5→A6→A7
#直列問答関係:<Q3→Q1→A1→Q2→A2→A3>
例えばクイズ「二十の扉」で、Q1「それは動物ですか?」と問い「はい」の答えをもとに、「それは空を飛びますか?」と問い「いいえ」の答えをもとに「それは海にいますか」と問う場合が、典型的な直列問答関係の例です。この場合、「それは動物である」「それは空を飛ばない」「それは海にいない」などによって次第に対象の可能性を限定していきます。
<Q3に答える時に、A1を直接的に用いておらず、A2のみを用いている>ということにはなりません。Q3に答えるとき、A1の答えは前提として最後の答えA3に至るまで妥当し続けています。
これは、答えにたどり着くために、<答えの可能な外延を問答によって次第に限定してゆく>というアプローチです。ただし、このプロセスを続けても、確実な答えにたどり着くとは限ません。
#並列問答関係
↗ Q1→A1 ↘
Q3 A3
↘ Q2→A2 ↗
これは、Q3の答えに至るために、<答えが満たすべき内包(あるいは、満たすべき条件)を様々な問いによって追加していく>というアプローチです。
例えば、Q6「これはリンゴです」という問いに答えるために、次のような問答を行います。
Q1「これはどんな色か」→A1「これは赤い」
Q2「これはどんな形か」→A2「これは丸い」
Q3「これはどんな大きさか」→A3「これはテニスボールくらいの大きさです」
Q4「これはどんな味か」→A4「これは甘酸っぱい味です」
Q5「これはどんな香りか」→A5「これは甘酸っぱい香りです」
以上の問答を踏まえて、A6「はい、これはリンゴです」に到達します。
ただし、この場合には、Q1からQ5の答えを集めても、そこからQ6の答え「はいこれはリンゴです」を証明することはできません。そこには常に「これはリンゴではない」という可能性が残り続けるからです。
このように知覚報告から推論によって経験判断が成立する仕方には、種々のパターンがあります。しかし、その推論の中には、演繹推論ではないものもあります。そのような場合に、経験判断はどのようにして生じるのでしょうか。
次にそれを考えたいと思います。