批判の開始

昨日はひな祭りでした

トマセロは、幼児が他者を心を持つ主体として理解するようになることを「シミュレーション理論」で説明するのですが、彼によるとHarris, 1991,1996 もまたシミュレーション理論で説明しているそうです。
Harris, P. 1991. The work of the imagination. In A. Whten, ed., Natural theories of mind, 283-304. Oxford, Blackwell.
Harris, P. 1996. Desires, beliefs, and language. In P. Carruthers and P. Smith, eds., Theories of theories of mind, 200-222. Cambridge U. P.

ところで、幼児が、他者を意図を持つ存在として理解するのは、9ヶ月頃なのですが、しかし、他者を心を持つ主体として理解するのは、4歳ころなので、この間に非常に時間がかかるのはなぜなのか、という疑問がわきます。

これに対してトマセロは、シミュレーション説では、子供が「自分自身の思考や信念を新しい仕方で理解するようになることが必要であり」235、そのために時間がかかると説明します。
それには、まず自分の心について言葉で語ることが出来るようになる必要があります。この言葉の習得に時間がかかるのです。とくに、think, want, believe などの言葉の習得が必要なります。そして、これについては、研究(Bartsch and Wellmann, 1995)があるのだそうです。
トマセロは、これに加えて、「言語的なコミュニケーションと言うプロセスそのものも重要である」と考えます。
自分と他者の心的状態の関係を理解する上で重要なコミュニケーションの体験として、
「意見の不一致と誤解」237 と 「コミュニケーションの失敗とその修復」238
を指摘しています。これらの体験を通して、自分が知っていることと他者が知っていることが異なることを子供は知るようになるのです。

トマセロのこの指摘は大変説得力があるようにおもいます。しかし、シミュレーション理論は、納得が行きません。そこで、そろそろ批判に取り掛かりましょう。

まず、4歳ころの子供が、他者を心を持つ主体として理解するようになることを、シミュレーションで説明することへの批判です。もしこれがシミュレーションであるとすると、子供は、自分を心をもつ主体として理解し、そのような自己理解を他者に転移して、他者を理解していることになります(トマセロは「転移」とは言いませんが、そういってもよいでしょう。)。

「誤信念課題」が示していることは、4歳以前の幼児は、自分の知ることと他者の知ることが異なることがありえるとは思っていません。つまり、自分が世界について知っていることは、世界をみれば誰でもわかると思っているのです。青い引き出しにチョコレートがあると私に分かっているのなら、他の人もそのことを当然知っていると思っているのです。(誤信念課題が解けない子供は嘘をつくことが出来ないだろうと思います。)

ところが、子供は、トマセロの指摘するように、「意見の不一致と誤解」237 と 「コミュニケーションの失敗とその修復」238の体験を重ねることによって、自分が知っていることと他者が知っていることは異なるということに気づくのです。つまり、自分が、他者から隔てられた心を持つことの理解と、他者が自分から隔てられた心を持つことの理解は、裏表の事柄として同時に成立するのです。したがって、ここには、自己理解を他者に転移するというような関係はありません。