10 実践的問いを問うのはどのような場合か(2) (20201026)

[カテゴリー:人はなぜ問うのか?」

次に(2)願望と意図が葛藤する場合と、(3)ある願望ないし意図の実現方法が分からない場合を考えよう。

(2)願望と意図が葛藤する場合:ある行為を意図するとき、それと同時には実現できない願望を持つことはありうる。例えば、禁煙をしようと意図するときに、同時にタバコを吸いたいという願望をもつことがありうる。この場合に問題が生じるとすれば、それは「どうやって禁煙をいじするか」という問いであろう。つまり、願望と葛藤関係にある意図をどうやって実現するか、という問いである。

(3)ある願望ないし意図の実現方法が分からない場合:例えば、パンを焼きたいが、どうすればよいのかわからない場合、「どうやってパンを焼けばよいのか?」という実践的な問いを立てることになる。

(2)と(3)では、実現すべき意図は与えられているので、問題は、その意図をどうやって実現するかである。(2)は意図の実現を妨げるものが願望であるのに対して、(3)では意図の実現を妨げるものが無知である。

この実現すべき意図は、どのようにして設定されるのだろうか。それはより上位の意図(目的)を実現するためであろう。より上位の意図(目的1)を実現するための実践的問い「どうやって目的1を実現すればよいのか?」の答えが、「目的2を実現すればよい」であるとき、「どうやって目的2を実現すればよいのか?」という下位の実践的問いを設定することになる。これが、(2)と(3)の場合の問いになる。

 多くの場合、意図は、より上位の意図を実現するために設定される。この場合には、下位の意図とより上位の意図は、手段と目的の関係にある。上位の目的の実現を実現しようとするとき、大抵は唯一ではなく複数の手段が可能である。それにゆえに、「上位の目的1をどうやって実現すればよいのか?」という問いに答えるとき、選択が必要になる。

 このように考える時、実践的推論について再考する必要が生じる。

   Aしよう

   Bすれば、Aできる

   ∴Bしよう。

この場合、Bすることは、Aするための唯一の手段ではないが、手段の一つである。もしそうだとすると、「どのようにしてAを実現しようか?」という問いに答える時、この答えは、選択に基づいている。つまり、実践的推論は、推論であるけれども、選択によって可能になる。

 ここで、「どのようにしてBを実現しようか?」という問いが立てられ、さらにそれに対する答えも、選択に基づいているとしよう。このときの選択を選択1とすれば、この選択1は、Aを実現するためのB以外の他の目的をC、Dの中から、Bを選択したときの選択を選択2とするとき、選択2は、「選択1の選択」となっている。

 実践的問いを上位の実践的問いとの「二重問答関係」において考える時、「選択の選択」が行われている。つまり、実践的問いは、(1)(2)(3)の全ての場合に、「選択の選択」が行われている。

投稿者:

irieyukio

問答の哲学研究、ドイツ観念論研究、を専門にしています。 2019年3月に大阪大学を定年退職し、現在は名誉教授です。 香川県丸亀市生まれ、奈良市在住。

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