[カテゴリー:『問答の言語哲学』をめぐって]
第二章の「2.3 会話の含み」を紹介します。
例えば、夏の暑い日に教師が教室に入ってきて「今日は暑いね」と言ったとき、それは「窓を開けましょう」とか、「暑いけれど頑張って勉強しましょう」とか、「教室にクーラーが欲しいね」とかの言外の意味を持つでしょう。このような言外の意味は「会話の含み」(グライス)と呼ばれている。会話の含みやそれと類似のものを含めて、次のように整理されています。
①論理的含意 「pかつq」→「p」
②意味論的含意 「これはリンゴだ」→「これは果物だ」
③一般的な会話の含み 「女性がやって来た」→「母親以外の女性がやって来た」
④特殊的な会話の含み 「今日は暑いね」→「窓を開けましょう」
グライスが「会話の含み」と呼んでいるのは、③と④で、③は発話の特定の文脈に依存せず、一般的に成り立つ含みであり、③は特定の文脈で成り立つ会話の含みです。①と②と、③と④の違いは、後者の含みは、その後の発話によって否定されることもありうるということです。例えば「今日は暑いね」に続いて、「しかし夏休みまで後一週間ですね」と言えば、会話の含みは「窓を開けましょう」から「暑いけれど頑張って勉強しましょう」に修正することになります。
さて、聞き手が会話の含みを理解するメカニズムについて、グライスは通常の会話では「協調の原則」と「会話の格率」に私たちが従っていることを指摘し、それが破られているときには、聞き手は、その理由を考え、それがある「含み」を伝えるためなのだと理解する、と説明します。
これに対して、スペルベルとウィルソンの「関連性理論」は、通常の発話の意味(「表意」)と会話の含意(「推意」)の関係を連続的なものと考えます。どちらも「関連性の原則」(「すべての意図明示的伝達行為は、その行為自体の最適な関連性の見込みを伝達する」)に基づいて、推論されることになります。
これらに対して、私は、二重問答関係によって「会話の含み」を説明することを提案しました。
店長X と店員Y の次の会話があったとしよう。
X「そろそろ閉店の準備をした方がいいだろうか?」
Y「もうすぐ5 時です」
〔そろそろ閉店の準備をした方がよいでしょう〕(会話の含み)
この場合、Y の返答の含みは、次のような二重問答関係で説明できるでしょう。(「」は実際に行われた発話であり、〔〕は暗黙的な思考や会話の含みを示す)。
Q2「そろそろ閉店の準備をした方がいいだろうか?」
Q1〔今何時だろうか?〕
A1「もうすぐ5 時です」
A2〔そろそろ閉店の準備をした方がよいでしょう〕
発話A1は、相手の質問Q2に答えるために立てた問いQ1の答えであり、この答えA1を前提にして、Q2の答えA2を推論できる。
一般に、発話は、その相関質問のより上位の問いの答えを「会話の含み」とする。発話がどのような「含み」を持つかは、このような二重問答関係のなかで説明できるでしょう。
最後に、このアプローチの、グライスの説明と「関連性理論」に対する長所を整理しました。