11 第4章の見取り図 (2) 問答の照応関係と問いの前提 (20201113)

[カテゴリー:『問答の言語哲学』をめぐって]

「4.2 問答関係の分析」では、一般的な問答関係と問答論的矛盾の関係を考察します。

この前半では、問答が照応関係を必要とすることを確認した上で、問答論的矛盾がその照応関係を妨げることを説明します。

 「昨日私は奇妙な人に会いました。彼女は変わった帽子をかぶっていたのです。」

という文があるときに、「彼女」という代名詞は、ここで「照応詞」として使用されています。「彼女」は、「奇妙な人」を指します。正確には、「奇妙な人」が指示する人を指示します。そのとき「奇妙な人」を「先行詞」と呼びます。照応関係は、名詞(名詞句)に限らず、動詞、形容詞、副詞などにも見られ、ありふれているけれども大変興味深い現象です。

ところで、ある疑問文の発話とそれに続く平叙文の発話が、問答の関係にあるときには、平叙文の中の一部の表現が、照応詞ないし照応表現として、問いの中の表現をその先行詞としている必要があります。なぜなら、問いは答えの半製品であり、答えの一部はすでに問いの中に現れている必要があるからです。例えば

  「このリンゴは何ですか?」

    「はい、それはマッキントッシュです」

の「このリンゴ」と「それ」が照応関係にないとしたら、これは問答になりません。

ところで、問答論的矛盾を引き起こす問答の場合には、この照応関係が成り立ちません。例えば、

  「私の言うことが聞こえますか?」

    「いいえ、あなたの言うことが聞こえません」

返答の中の「あなたの言うこと」は、問いの中の「私の言うこと」が指示するものを指示する必要があります。しかし、聞こえないならば、この照応的な関係自体が成り立たないはずです。以上から、問答論的矛盾を惹き起こす問答の間には、適切な仕方で照応関係が成立していないと言えます。

後半では、「問いの前提」について一般的に説明し、それと問答論的矛盾の関係について考察しました。発話一般の前提については、第3章の3.2で説明したのですが、問いの前提については触ていませんでした。ここでは問いの前提について、まず一般的に説明します。問いの発話は、意味論的前提と語用論的前提を持ちます。

問いの「意味論的前提」については、Belnapの提案を拡張して、、問いが真なる(あるいは適切な)答えを持つための必要条件と考えました。例えば、「フランス王はハゲていますか?」という問いの意味論的前提は、「フランス王が存在する」となります。

問いの語用論的前提とは、質問という発語内行為が成立するための必要条件であり、質問発話の誠実性と正当性です。例えば、

 ・答えを知らないこと

 ・答えを求めていること

などが誠実性に関わる語用論的前提となります。

また正当性にかかわる前提としては、例えば、「明日の会議に出席しますか?」と問う場合には、その質問者が、相手にそれを尋ねる資格があること、質問者が相手がその会議に出席する資格があると信じていること、などになります。

では、このような問いの意味論的前提と語用論的前提は、問答論的矛盾とどう関係するでしょうか。次の問答論的矛盾の問答で考えてみましょう。

  「あなたは私の言うことが聞こえますか?」

    「いいえ、私には、あなたの言うことが聞こえません」

この否定の返答は、(詳細な分析を省きますが)この質問の意味論的前提と語用論的前提を否定しませんし、これらの前提を承認するように聞き手に要求する「前提承認要求」を否定することもありません。

しかし、以上のことは質問の通常の語用論的前提、つまり誠実性と正当性に関して言えることです。例えば、

  ・質問者の声が相手に届くこと

  ・質問者の言葉を相手が理解すること

  ・相手が誠実に答えてくれること

これらもまた質問の語用論的前提だとすると、事情は異なってきます。上で、問いの語用論的前提を、〈質問という発語内行為が成立するための必要条件〉として定義しましたが、この定義によるならば、これらもまた問いの語用論的前提となります。これらは通常の問答では成立しているので、看過されているのです。ここでの返答「いいえ、私には、あなたの言うことが聞こえません」は、「質問者の声が相手に届くこと」という問いの語用論的前提と矛盾しています。つまり、問答論的矛盾の返答は、問いのある語用論的前提と矛盾することになります。

問答論的矛盾を惹き起こす返答が否定している語用論的前提は、問答が成立するための超越論的条件となるでしょう。それを次に考察します。