[カテゴリー:『問答の言語哲学』をめぐって]
「3.2 言語行為の新分類」では、従来の言語行為に「前提承認要求」という言語行為を追加することを提案します。
まず従来の言語行為の分類(発話行為、命題行為、発語内行為、発語媒介行為という分類)では、ヘイトスピーチをうまく扱えないことを説明しました。発話行為や命題行為は、命題内容へのコミットメントを含んでいないので、ヘイトスピーチを説明できない。他方で、本文で例を挙げて説明したのですが、発語内行為や発語媒介行為ではヘイトスピーチの働きをカバーしきれません。
次に、それをうまく説明するために「前提承認要求」という行為を付け加えて、<発話行為、命題行為、前提承認要求、発語内行為、発語媒介行為>と分類することを提案しました。その際に、これらの言語行為間の差異を明確にするために、ヴェンドラーによる動詞の分類を利用しました。これは行為の分類に使えるものです。彼は、動詞を次の4つに分類しました。
①状態動詞:「嫌う」「愛する」「所有する」など状態を表す動詞。
②実現動詞:「勝つ」「始める」「発見する」などある状態を実現する瞬間的な出来事を表す動詞。
③活動動詞:「走る」「「押す」など終着点を持たない行為を表す動詞。
④向実現動詞:「(絵)を描く」「「(椅子)を作る」「(小説)を読む」などの内在的なっ終着点を持つ動詞。
ちなみに、①と②は進行形を取りますが、③と④は進行形をとりません。
この分類によると、発語内行為を表す「主張する」「命令する」などの遂行動詞は、実現動詞に属します(ただし、すべての実現動詞が、遂行動詞になるのではありません)。これに対して、発語媒介行為を表現する「説得する」「実行させる」「受諾させる」などは、向実現動詞になります。
では、「前提承認要求」はどうなるのでしょうか。
発話が何を前提しているかは、発話が不適切になる場合を調べることによって、明らかにすることができます。発話が不適切なものになるケースについては、オースティンの分析があります。この分析を踏まえて、発話の前提として
論理的前提
意味論的前提
語用論的前提
を挙げることができます。
「前提承認要求」は、発話が成立するためのこれらの前提(論理的前提や意味論的前提や語用論的前提)を承認するように聞き手に要求する向実現行為、である。
話し手自身は、発話においてこれらの前提を承認している。この「前提承認」は、発語内行為の前提であり、発語内行為に含まれている実現行為である。しかし、話し手が承認しているこれらの前提を聞き手が承認するように要求するのが「前提承認要求」である。
この意味で「前提承認要求」は聞き手に、発語内行為が成立していることの承認を求めることでもある。これに対して、発語媒介行為は、同じく向実現行であるが、発語内行為の成立を聞き手が承認していることを前提した上でなりたつ行為である。
結論として言えることは、発語媒介行為、前提承認要求、発語内行為は、つぎのような実践的推論を構成するということです。
私は学生に水を持ってきても欲しい。(発語媒介行為の意図)
学生は短時間で水を持ってくることができる。(前提(真理性)承認要求)
私が学生に水を持ってくるように依頼することは正当である。(前提(正当性)承認要求)
∴私は学生に「水を持ってきてください」と依頼する。(発語内行為)