[カテゴリー:『問答の言語哲学』をめぐって]
前々回の最後に次のように言いました。
「以上によって、問答推論によって論理的語彙と疑問詞と疑問文形式によって、他の言語表現の意味が変わることはなく、それゆえに他の言語表現の意味を明示化できることを説明できます。また、問答推論よって事実を記述する言語表現の意味が変化しないからこそ、問答推論によって事実を解明できることを説明できます。」
これにはもう少し説明が必要でした。
ここでは、まずこれの前半部分、つまり「問答推論による表現の意味の明示化」のさらに一部「推論による表現の意味の明示化」について説明をしたいと思います。
形式的な推論は、そのたの言語票の意味を変えません。言い換えると、その他の言語表現の意味にとは独立に、形式的な推論が成立します。例えばp∧r┣pという推論は、pやrの内容に関係なく成立するものであり、それゆえに、pやrの内容に影響を与えませんが、逆にその内容を明示化するのにも役立ちません。
では、推論が、語の意味の明示化に役立つというのは、どのような場合でしょうか。ブランダムが挙げている例は、
「雨が降るならば、道路が濡れる」
という推論です。これを条件法の文ではなく、推論の例として挙げています。これを推論らしく書き換えると次のようになるでしょう。
雨が降る。┣ 道路が濡れる。
これは論理学で習うような形式的推論ではありません。しかし、私たちは、このようなタイプの推論を頻繁に行います。例えば「今日は水曜日だから、あの店は閉まっているだろう」とか、「彼は銀行員だから、仕事中はネクタイをしているだろう」などです。このような推論をブランダムは「実質的推論」と呼びます。例えば上の「雨」の推論は、「雨が降る」という文の除去規則を述べていると見ることもできますし、「道路が濡れる」という文の導入期測を述べていると見ることもできます。これらの推論は、それぞれの文についての正しい下流推論や上流推論を示しています。それゆえに、こうした実質推論は、文の意味や、その文で使用される語の意味を明示化しているといえるのです。
しかし、この実質的推論では、論理的語彙は使用されていません。したがって、論理的語彙の保存拡大性のために、論理的語彙が意味の明示化に役立つという説明にはなりません。その説明のためには、次の例を挙げることができます。
Aは動物であり、かつ、Aは理性的である。┣Aは人間である。
Aは人間である。┣Aは動物であり、かつAは理性的である。
これは、「Aは人間である」の除去規則と導入規則であり、この文の意味の明示化になっています。これらは二つを合わせれば、語「人間」の通常の明示的定義になります。つまり通常の明示的定義は、論理結合子をもちいた語の導入規則と除去規則とみなすことができます。
また明示的定義ができない語についても、その導入規則や除去規則を示して意味を明示化することができます。
Aは、フジである、あるいは、紅玉である、あるいは、マッキントッシュである。┣ Aはリンゴである。
Aはリンゴである。┣ Aはバラ科であり、かつ高木である。
これはそれぞれ「Aはリンゴである」の導入規則と除去規則です。これらによって「リンゴ」の意味を定義することはできませんが、明示化できます。(ちなみに、これらによって「リンゴ」の意味を定義できないことを理解しているということは、リンゴには、フジ、紅玉、マッキントッシュ、以外のものがあるかもしれないことを知っているということであり、バラ科の高木にはリンゴ以外のものがあるかもしれないことを知っているということです。つまり、上記の二つの実質推論以上のことを、「リンゴ」について知っているということです。BがAの定義項ではないと知ることは、Aについてのある推論(例えば「Aはリンゴである┣ Aは、フジである、あるいは、紅玉である、あるいは、マッキントッシュである」)を正しくないものとして理解するということであり、Aの意味理解の重要な要素です。)
次は、推論が、ある表現の導入規則でも除去規則でもないけれども、その表現の意味の明示化になっている例です。
AはBの西にあり、かつ、BはCの西にある。┣ AはCの西にある。
ここでは、論理結合子「かつ」の使用によって、「の西にある」という表現の意味が明示化されています。これは、「の西にある」という表現の導入規則でも除去規則でもありません。これは、表現が持つ推移性の明示化の例です。(反射性、対称性についても、同様の例を挙げることができます)。ただし、これもまた「の西にある」に関する実質的推論です。この推論によって、この表現の意味が明示化されていることは、「かつ」の保存拡大性によって保証されます。
以上は『問答の言語哲学』(pp.65-68)で説明したことへの補足です。しかしそこでは「┣」の意味について論じていませんでした。それを次に考えたいと思います。