[カテゴリー:日々是哲学]
前回説明したのは、フィヒテがカントの「統覚」のアイデアを発展させて、彼の「事行」「知的直観」「自己意識」を考えたということです。意識される意識と、意識する意識が同一である自己意識(事行、知的直観)をすべての意識の根底に想定するということです。
しかし、これには疑念が付きまといます。その疑念の根拠は、「内省」によってそれらについて語るという方法にあります。「事行」や「知的直観」や「自己意識」や「知」といっても非常にあいまいです。フィヒテはそれらを明証なものと考えたかもしれませんが、言語論的転回を経た現代の私たちからすると曖昧過ぎます。知の内容はやはり命題として語られる必要があります。また現代の脳科学の知見と整合的な仕方で「意識」や「自己意識」について説明できなければ、疑念は残ります。ただしこれは私たちにとっての課題です。
この「事行」がフィヒテ知識学の基礎となる<第一のアイデア>です(ヘンリッヒ『フィヒテの根源的洞察』が、このアイデアの画期性を明確に論じました)。
フィヒテ知識学の<第二のアイデア>は、「事行」から<存在するとは知られることである>という「観念論」が帰結し、その主張から、全ての知を包摂する一つの「絶対知」の存在を主張するということです。このような「絶対知」理解については、前(33回)に述べました。
<第三のアイデア>は、この絶対知の分析から、絶対知の根拠として「絶対者」を想定するというアイデアです。これは後期フィヒテのアイデアです。前期フィヒテは<存在するとは知られることである>と考えて、物自体を否定して、徹底した観念論を考えようとしていたのに、後期フィヒテがなぜ「絶対者」を想定するようになるのかは、フィヒテ解釈にとって大きな問題でした(この変化ともうひとつの変化の説明がいわゆる「変説問題」です。もう一つの変化とは、前期フィヒテは「自我」から出発して、認識と実践を体系的に説明しようとしていたのに対して、後期フィヒテは、「自我」ではなく「絶対知」ないし「知」から出発するようになるという変化です)。
後期フィヒテの「絶対者」と「物自体」の違いは、次の点にあるだろうとおもいます。「物自体」というのは、表象としての対象の原因です。しかし、例えば対象の知覚の原因として物自体を想定したとして、その物自体も、反省してみれば「物自体」という表象です。そうすると、その表象の原因としてさらに、別の物自体を想定することができます。これはどこまでも反復可能です。物自体だと見なしている対象が、表象に過ぎないことを反省することによって、観念論を維持できますが、しかしそのときその「物自体」という表象の原因としての別の物自体に直面します。これの反復では、観念論は完成しませんし、実在論も完成しません。この間をいつまで揺れ動くことになります。
これに対して、後期フィヒテは、全ての知を包括する一つの「絶対知」を想定します。すべての存在をこの「絶対知」に還元して観念論を主張します。ただし、私たちが恣意的に対象を構成できるのではありません。諸対象の表象は、「必然性の感情をともなう表象」であり、それは知性の必然的な法則に支配されています。つまり、絶対知の内容は、この必然的な法則によって規定されているのです。フィヒテは、この必然的な法則の根拠として「絶対者」を想定します。絶対者は、個別の対象の表象の原因(物自体)ではなく、知の必然的な法則の原因です。「絶対者」もまた私たちの「表象」ですが、それは他の表象と同じく心の必然的な法則に従っています。この「必然的な法則」の原因は、絶対者ですが、これ最初の絶対者とおなじものであり、別の「絶対者」へとさかのぼっていくことはありません。つまり、「物自体」は自我による物の表象の原因ですが、絶対者は、知の必然的な法則の原因である(それゆえに、無限にさかのぼらない)という違いがあります。(これが現在のところの私の理解です。)
このようにフィヒテの「絶対者」を説明してようやく、フィヒテのスピノザ批判について語ることができます。