78 オペラント行動の失敗による意識の発生 (20220611)

[カテゴリー:問答の観点からの認識]

#動物の行動の進化をつぎのように分けてみたいと思います。

1 遺伝的行動のみ段階:走性や無条件反射の段階

2 学習行動の段階(1):条件反射とオペラント条件付けの段階

3 学習行動の段階(2):推論による行為の段階

3の推論による行為の段階のためには、概念形成が必要であり、そのためには知覚や行為や欲求を意識すること、つまり事実と区別された知覚表象、行為の表象、欲求の表象が必要になると考えます。つまり、3の段階に進むためには、2の段階において、知覚表象、行為表象、知覚表象が成立する必要があります。

これらの表象が成立するのは、オペラント行動の失敗をきっかけにしているのではないかと推測します。なぜなら、錯覚などの知覚の失敗において、事実と知覚の区別が意識することになり、同時に知覚を知覚表象として意識することになると推測できます。

オペラント条件付けは、弁別刺激(ブザー音)とオペラント行動(レバー押し)と強化刺激(餌が出てくる)という3つの「三項随伴性」として成立する。ちなみに、「弁別刺激」と「強化刺激」は次のようなものです。

「弁別刺激」は、「オペラントに先行・同伴するけれども、誘発刺激がレスポンデントを誘発するような形ではオペラントを誘発することができないような刺激である。そのかわり、弁別刺激は、以前、その刺激の下で、強化子の後続により出現格率が高められたオペラントがある場合、そのオペラントの出現率を増大させる。」7

「強化刺激(reinforcing stimuli)または強化子(reinforcers)という刺激クラスは、反応出現の後に起こる環境事象である。強化刺激はそれに先行した反応の出現頻度を増大させる。」7

・オペラント行動では、良い結果が生じることによって、行動が強化され、良い結果が生じないことによって、行動が弱化される。そこで、オペラント条件付けでは、行動の結果となる刺激を「強化刺激」と呼ぶ。

#オペラント行動の失敗の分類

オペラント行動の失敗は次のような場合に分類できるでしょう。

・弁別刺激の錯覚や誤解の場合

・行動の間違いの場合

・強化刺激の錯覚や誤解の場合

・弁別刺激と行動と強化刺激の三者の結合関係の誤解の場合

ここではわかりやすい「弁別刺激の錯覚」の場合を考えてみたいとおもいます。

#知覚の失敗

一般に知覚に失敗するとは、見間違いや見落としをすることです。では、それに気づくのは、どういうことでしょうか。例えば、蛇を縄だと見間違えたとき、その見間違えに気づくのはどのようにしてでしょうか。

縄だと思っていたものが、蛇であると分かるようになるという場合に、次の二つの考え方があると思われます。

①<事実は一定であり、見ていた対象は蛇であったのであり、それ縄だと見ていたが、蛇だと正しく見るようになったのだ>

②<事実が変化したのであり、縄であったものが蛇になったのだ>

➀は知覚が間違っている場合であり、②は正しい知覚の場合です。

ここで、どちらの考え方をするかを決めるのは何でしょうか。

➀の場合には、<縄であるものが蛇にかわることはない(ほとんどない)>と考えるのでしょう。

②の場合には、<縄であるものが蛇に変わることは、有り得る(少なくとも、見間違いをすることよりも可能性が高い)>と考えるのでしょう。

私たちは多くの場合、対象そのものを見ているのであり、知覚の変化は、対象の変化である、と考えます。例えば、私たちが夕日が山の向こうに沈むのを見る時、知覚が変化するのではなく、対象が変化すると考えますが、それは、太陽が西に沈むことが自然法則に合致していると考えるからです。

それに対して、この縄が蛇に変わる例では、①の理解が多いように思います。それは、縄が蛇に変わることは、自然法則に反すると考えるからでしょう。つまり、知覚が間違えたと考えるのためには、知覚の対象(自然)についての一定の理解が必要なのです。

見間違いをしたときに、事実と知覚表象を区別するためには、自然のある規則性の理解が前提として必要なのです。条件反射やオペラント行動は、過去の経験がくりかえされるということを前提しています。したがって、これらは、自然の規則的な振る舞いについての予期(これは当初は心的な予期ではないはずです)を学習として獲得しているはずです。したがって、行動が失敗した時、自然のある規則的な振る舞いの予期に依拠して、知覚が間違っていであることへの気づき、つまり事実と知覚の区別への気づき、知覚が知覚表象であることの気づきが生じるだろうではないでしょうか。

走性や無条件反射は、過去の経験の記憶を必要としないので、自然の規則性ついての予期を必要としません。したがって、それらの失敗は、事実と感覚刺激とのズレの意識を生じさせず、もっぱら事実が変化した場合として処理されるだろうと推測します。

投稿者:

irieyukio

問答の哲学研究、ドイツ観念論研究、を専門にしています。 2019年3月に大阪大学を定年退職し、現在は名誉教授です。 香川県丸亀市生まれ、奈良市在住。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。