48 ニーチェの「強者」の道徳と規則遵守問題 (20230715)

[カテゴリー:日々是哲学]

少し唐突ですが、自由について考えていて、ニーチェ風の「強者」の道徳を、規則遵守問題をもちいて批判できることに気づいたので、ここに記しておきます。

「自由であるとは、その帰結の責任を負うことである」というのは、小市民的な臆病な自由概念であるように見えます。ニーチェ的な「強者」ならば、自由な行為の帰結に対して責任を持たない自由を持つというでしょう。そのような強者またも、「Aを行うことから帰結する状態や出来事」を予測できるでしょうが。しかし強者はその責任を認めません。強者は、弱者からの訴えを無視できると思っているからです。強者は、弱者の道徳とは異なる自分が立てた規範に従うことができると思っているからです。

しかし、強者にとってもまた、「Aしよう」とする意志や行為が成立するためには、Aを理解可能にする、Aと他のものとの概念関係を認める必要があります。そのとき、概念的規則に従うことができるためには、社会的なサンクション、他者との相互承認が必要です。強者もまた、ある一定の内容の意志を持つためには、その意志の内容の理解についての相互承認が必要です。

投稿者:

irieyukio

問答の哲学研究、ドイツ観念論研究、を専門にしています。 2019年3月に大阪大学を定年退職し、現在は名誉教授です。 香川県丸亀市生まれ、奈良市在住。