[カテゴリー:問答の観点からの認識]
(もともとは、次に宣言の問答、とくに命名や定義の宣言のための問答について考察する予定だったのですが、それらは指示を前提とするので、ここからはしばらく、指示行為一般について考察します。)
(ちなみに、言語の意味論を考える上でも、言語表現への指示は重要です。語や文を使用することは、語や文の定義に依拠するのですが、語や文の定義は問答によって成立します。これらの語、文、問答の成立は、相互に依拠しており、同時に成立すると考えられます。これらの中のどれか一つの成立を前提として、それからその他のものを説明できるかもしれませんが、その場合に、最初に成立しているものとして前提したものの成立をさらに説明しようとすると、他のものに依拠する必要が生じます。このような関係を明示化しようとすると、私たちは語、文、問答を指示する必要があります。)
現在のところ、指示についてこのように考えています。<認識においてであれ、実践においてであれ、さらには言語研究においてであれ、対象の指示は、対象についての問答によって/おいて行われる。対象の指示は、共同注意や共同指示によって確実なものになり、対象についての問答は、対象についての他者との問答によってより確実なものになる(つまり正当化される)。> このような考えをこれから吟味し展開したいと思います。
共同注意と指示については、カテゴリー「共同注意と指示」で論じました。そこでは、幼児の発達における共同注意の成立をトマセロの議論を紹介して検討しました。ここでは、発達論ではなく、成人が行う共同注意と指示について考察します。
二人の人間AとBがいて、AはBが対象Oを見ていることに気づいたとします。
この場合、Aは、Oを見て、Oの存在にも気づいています。さもなければ、Bが対象Oを見ていることに気づくということはあり得ないでしょう。
この場合、AがOを見ており、BもOを見ているということが成立していますが、Oへの共同注意は成立していません。ここで、BもまたAがOを見ていることに気づくとき、共同注意に接近します。なぜなら、Aは、BがOを見ていることを介さずに、Oを見ることができますが、BがOを見ていることに注意するときには、Bを介してOを見ていると言えます。Bもまた、AがOを見ていることに注意するときには、Aを介してOを見ていると言えます。
AとBは、互いに相手を介してOを見ています。ここに共同注意が成立しているでしょうか。
①AがOを見る。
②BがOを見る。
③Aが、BがOを見ていることに気づく。(Aが②に気づく)
④Bが、AがOを見ていることに気づく。(Bが①に気づく)
この①~④が成立するだけでは、AとBがOに共同注意するにはまだ十分ではありません。
<Aは、BがOを見るようにOを見ている>と述べましたが、これはより正確に言えば、<Aは、BがOを見るのと同じ仕方だとAが思っている仕方で、Oを見ている>ということです。<Bもまた、AがOを見るのと同じ仕方だとBが思っている仕方で、Oを見ている>ということになります。
この場合、<BがOを見る仕方>と<BがOを見るのと同じ仕方だAが思っている仕方>が、一致していない可能性があります。また、<AがOを見る仕方>と<AがOを見るのと同じ仕方だとBが思っている仕方>が、一致していない可能性もあります。
ところで、このように<Oを見る仕方>については、AとBで一致していない可能性があるとしても、<対象Oを見ている>ということについては、一致が生じていると言えるかもしれません。なぜならAがOを見るのは、BがOを見ることを介しており、BがOを見るのは、AがOを見るのを介しているからです。しかし、ここでも二人が同一の対象をOとして指示していることを確証することは出来ません。共同注意が不確実であるならば、指示対象についての理解の同一性だけでなく、指示対象の同一性もまた不確実です。
<指示対象についての理解の同一性だけでなく、指示対象の同一性もまた不確実である>というこの情況に対処する一つの方法は、多くの認識の場合と同様に、<共同注意ができている>と仮定して、行為して齟齬が生じた時には信念を修正するというアプローチをとることです。
ただし、共同注意であるために必要なことは、複数の人間が同一の対象について同一の理解をしているというだけでなく、その理解を共有することによって、その理解が成立しているということです。このような意味での共同注意が成立するのは、問答によってです。例えば、AがBに「Oは赤色ですか」と問い、Bが「はい、Oは赤色です」と答え、Aが「そうですよね」と同意するとしましょう。この問答が成立するとき、Bは、Bの返答の中の「O」で、Aの質問の中の「O」と同じ対象を指示していると見做して答えており、Aが、Bの発話を自分の問いへの答えと見做しているとき、Bの返答の中の「O」とAの質問の中の「O」が同じ対象を指示していると見做しています。
次回は、問答の中で共同注意や指示が成り立つことについて、もう少し詳しく検討したいと思います。