24 人間の探索行動の考察に向けて   (20210114)

[カテゴリー:人はなぜ問うのか?]

 ここからは、動物の探索行動の考察を中断して、人間の探索行動を論じたい。

ダマシオの『意識と自己』(The Feeling of What Happens Body and Emotion in the Making of Consciousness田中三彦訳、講談社学術文庫、2018年、原書1999)を紹介しつつ、そこに問答の観点からの考察を加えることにしたい。

 この本でダマシオが説明しようとするのは、次の二つの問題である。

「第一の問題は、ぴったりした言葉がないからわれわれがふつう「対象のイメージ」と呼ぶ心的パターンを、人間の有機体の内側にある脳がどのようにして生み出しているのかを理解する問題である。」(同訳18)

「意識の第二の問題、それは…、脳がどのように「認識のさなかの自己の感覚」をも産み出すのかという問題である」(同訳19)

この二つの問題を解くために、ダマシオは、情動、感情、意識(中核意識、拡張意識)を順番に論じていくので、これを紹介しよう。

#情動について

ダマシオは、情動と呼ばれているものを次の3つに分類する。

「一次の情動」あるいは「普遍的情動」6つ。

  喜び、悲しみ、怒り、驚き、嫌悪

「二次の情動」あるいは「社会的情動」

  当惑、嫉妬、罪悪感、優越感、

「背景的情動」 

  優れた気分、不快な気分、平静、緊張

これらの情動に共通する「中核」を次のように説明する。

(1)「情働は、一つのパターンを形成する一連の複雑な化学的、神経的反応である。」

「その役割は有機体の命の維持を手助けすることである」(同訳72)

(2)「情動は生物学的に決定されたプロセスであり、…生得的にセットされた脳の諸装置に依存している。」(同訳72f)

(3)「情動を生み出すこれらの装置は、脳幹のレベルからはじまって、上位の脳へと昇っていく、かなり範囲の限定されたさまざまな皮質下部位にある。」(同訳73)

(4)「そのすべての装置が、意識的な熟考なしに作動する。」(同訳73)

(5)「すべての情動は身体(内部環境、内臓システム、前庭システム、筋骨格システム)を劇場として使っているが、情動はまた多数の脳回路の作動様式にも影響を与える。」(同訳73)

一言で言えば、情動は、(ダマシオによれば)遺伝的に決定された「化学的、神経的反応」である。

ダマシオは、単細胞生物もこのような情動を持つという。

「情動の基本的な形態は単純な有機体に、いや単細胞生物にさえ見ることができるから、喜び、恐れ、怒りといった情動の起源を、そうした単純な生物に求めることもできるかもしれない。もちろん、どう見てもそうした生物にはわれわれが持っているような情動の感覚はない。」96f

ダマシオは、PC上にも類似のものを見る。

「同じことは、コンピュータの画面の上を動き回る単純な小片についても言える。速いジグザグ運動は「怒り」のように見えることもあるし、調和のとれた、しかし爆発的なジャンプは「歓喜」のようにも見える。また、はっと飛びのくような動きは「恐れ」のように見えるだろう。われわれが動物やコンピュータ画面上の小片を心ならずも擬人化してしまう理由は単純だ。情動とは、その言葉が示しているように、ある特定の環境での、ある特定の状況に対する「動き」に関すること、外面化した行動に関すること、ある原因に対するいくつかの統合的反応に関することであるからだ。」(同訳97)

この引用箇所によると、PC上の小片と同じく、単細胞生物に見ることができる情動もまた、擬人化であり、本当には存在しない「見かけ上の情動」であることになるのかもしれない。

ダマシオは、この単細胞生物とジャンボアメフラシと犬の情動についてつぎのように語る。

「アメフラシのえらに触れると、えらは完全に引っ込んでしまう。そのとき、アメフラシの心拍数は上昇し、敵を欺かんとまわりに墨を放つ」(同訳97)

「アメフラシは、似たような状況でわれわれ人間が示す反応と、ただ単純なだけで形式的には少しも変わらない反応を示す。」(同訳97)

「神経系に情動的状態を表象できる程度には、アメフラシも感情の素材を持っているかもしれない。アメフラシが感情を持っているかどうかは、われわれにはわからないが、たとえ感情をもっているとしても、そういった感情を認識できるとはとても想像しがたい。」(同訳98)

(ジャンボアメフラシは、神経の実験による使われる動物である。ちなにみ、2018年に、ジャンボアメフラシによる実験で、RNAを移植することによって、記憶を移植することができること、つまり記憶が(少なくともある種の記憶は)、RNAに蓄積されることが証明された。記憶の移植が原理的に可能であるということになりそうだ。)

これらをまとめると次のようになる。

1、単細胞生物:<見かけ上の情動>をもつ。

2,アメフラシ:情動を持つ。アメフラシが「神経系に情動的状態を表象できるかどうか、感情を持つかどうかは、わからない。しかし感情を認識することはできない。

3,犬:情動を持つ。情動によって引き起こされる感情を認識できる。意識を持つ。

ダマシオは、「情動」と「感情」と「意識」の関係について次のように述べている。

「有機体は情動を経験し、それを提示し、それをイメージ化する(つまり、情動を感じる)。」(同訳111)

「有機体自身がいま感情を持っていることを知るには、情動と感情のプロセスの後に意識のプロセスを加えることが必要だ。以下の章で、意識とは何かについて、そしてそれがあるとどうやってわれわれは「感情を感じる」のかについて、私の意見を述べる」(同訳111)

これをまとめると次のようになるだろう。

情動(emotion):遺伝的に決定された「化学的、神経的反応」

感情(feeling):情動のイメージ

意識(consciousness):感情のイメージ

この本では、「意識」と「自己」の発生が問題になっているので、感覚や対象の知覚についてはあまり語られない。

 次に探索と情動の関係、情動と感情の関係の説明を紹介しよう。

投稿者:

irieyukio

問答の哲学研究、ドイツ観念論研究、を専門にしています。 2019年3月に大阪大学を定年退職し、現在は名誉教授です。 香川県丸亀市生まれ、奈良市在住。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です