39 認識の要素と同時性 (20210215)

[カテゴリー:人はなぜ問うのか?]

前回、茂木の言う次の二つの原理「認識のニューロン原理」と「認識におけるマッハの原理」を紹介しました。再説すれば、次のようになります。

「《認識のニューロン原理=私たちの認識は、脳の中のニューロンの発火によって直接生じる。認識に関する限り、発火していないニューロンは、存在していないのと同じである。》」(茂木健一郎『脳とクオリア』日経サイエンス社、35)

「《認識におけるマッハの原理=認識において、ニューロンの発火が果たす役割は、そのニューロンと同じ瞬間に発火している他のすべてのニューロンとの関係によって、またそれによってのみ決定される。》」(同書、77)

茂木は同書「第三章」で、これらに基づいて、「認識を構成する要素」と「認識が行われる時空間」について説明する

#まず認識の要素について

茂木は「認識の要素」を次のように定義します。

「《認識の要素とは、末端のニューロンから高次野のニューロンに至る。相互作用連結なニューロンの発火のクラスターである。》」101

「相互作用連結なニューロンの発火のクラスター」とは次のようなものです。

「「バラ」ニューロンが「バラ」ニューロンになるのは、「バラ」ニューロンの発火と、相互作用連結な他のニューロンの発火の関係が、私たちの心の中で「バラ」という認識を引き起こす役割を果たしているからである。

 以下では、相互作用連結なニューロンの発火のつながりを「クラスター」と呼ぶことにしよう。」100

茂木の理解では、この定義は「反応選択性」概念による認識の要素の定義に対する批判になっている。ヒューベル(David Huntar Hubel 1926-2013)とウィーゼル(Torsten Nils Wiesel,1924-)は、1959年に行った実験で、猫の視覚野に、特定の方位の棒状刺激に対して発火するニューロンを見つけました。これは、特定の図形を見ると発火するニューロンがあるということであり、これがニューロンの「反応選択性」と呼ばれています。(彼らはこれでノーベル賞をとりました。)

茂木はカエルを見たときに発火する「カエル・ニューロン」を例に、カエル・ニューロンが発火した時に、カエルの認識が生じているという(「反応選択性」に基づく)仮説を次のようにまとめます。

「《ある特徴Aに対して反応選択性をもつ一群のニューロンが発火したときに、特徴Aの認識が生じる。》」67

ただし茂木は、この仮説では、認識を説明できないと批判します。茂木は、カエル・ニューロンを一つだけ手術で取り出して、それを電極で刺激して発火させても、カエルの認識は生じないといいます。

これに対して、茂木は、認識におけるマッハの原理にもとづいて、「カエル・ニューロン」を次のように定義しなおします。

「《カエル・ニューロン=そのニューロンと同じ瞬間に発火している他のすべてのニューロンとの関係によって「カエル・ニューロン」の属性を与えられているニューロン》」78

これを一般的に述べたものが、前述の「認識の要素」の定義になります。

「《認識の要素とは、末端のニューロンから高次野のニューロンに至る。相互作用連結なニューロンの発火のクラスターである。》」101

(ところで、たしかに「カエル・ニューロン」一つを発火させても、カエルがいるという認識は生じないだろう。しかし、カエルを見たときに、「カエル・ニューロンクラスター」の発火が発火することが観察できたとしても、カエル・ニューロンクラスター」が発火することが、カエルがいるという認識の発生であると主張するには不十分です。それは必要条件に過ぎないでしょう。茂木のいう「認識の要素」は、認識の必要要素という意味であるのかもしれません。)

#次に認識における時間について

茂木は「認識の準拠枠となる時間」を「固有時」と呼び、τ(タウ)で表します。それに対して通常の意味での物理的時間をtで表します。そして、「認識の要素」の定義をもとに、「固有時における同時性」を次のように定義します。

「《相互作用同時性の原理=ある二つのニューロンの発火が相互作用連結な時、相互作用の伝播のあいだ、固有時は経過しない。すなわち、相互作用連結なニューロンの発火は、(固有時τにおいて)同時である。》」(同書104)

いま仮に二つのニューロンAとBがあって、AからBに信号が伝わるとしましょう。このとき、Aは「シナプス結合しているニューロン」と言われ、「シナプス前側ニューロン」(presynaptic neuron) と呼ばれます。Bは「シナプス結合を受けているニューロン」と言われ、「シナプス後側ニューロン」(postsynaptic nueron)と呼ばれます。ニューロン細胞は、複数の「樹状突起」(dendrite)と一つの「軸索」(axon)をもちます。軸索の先から神経伝達物質を放出し、他のニューロンから神経伝達物質を受け取ります。軸索が結合する相手には、他のニューロンの十条突起だけでなく筋肉や腺である場合もあります。

このニューロンAの発火がニューロンBの発火を引き起こすときには、つぎのようなプロセスがあります。

「シナプス前側ニューロンの細胞体でアクション・ポテンシャルが生じ、それが軸索を伝わってシナプス前側に達すると、そこで神経伝達物質の開口放出が起こる。神経伝達物質は、シナプス後側の受容体(レセプター)と結合する。その結果、シナプス後側ニューロンの膜電位が脱分極する場合(興奮性結合)と、過分極する場合(抑制性結合)がある。」90

この最後に書かれているように、神経伝達物質を受容したシナプス後側ニューロンの反応には二種類あります。一つは、膜電位が上昇して発火しやすくなる場合です。これを「興奮性結合」と言います。もう一つは、膜電位が低下して発火しにくくなる場合であり、これを「抑制性結合」と言います。茂木はこの二つを次のように定義しています。

 《興奮性結合=正の相互作用連結性》

 《抑制性結合=負の相互作用連結性》 (Cf. 同書102)

茂木は、ここで二つの時間の区別を導入します。「固有時」とは、「認識の準拠枠となる時間」ないし「認識の中における時間」であり、通常の意味の「物理的時間」とは異なります。彼は、通常の意味の物理的時間をtで表し、固有時は、ギリシア文字τ(タウ)で表します。そして、「認識の要素」と「相互作用連結性」の定義に基づいて、「固有時における同時性」を次のように定義します。

「《相互作用同時性の原理=ある二つのニューロンの発火が相互作用連結な時、相互作用の伝播のあいだ、固有時は経過しない。すなわち、相互作用連結なニューロンの発火は、(固有時τにおいて)同時である。》」(同書104)

この「相互作用同時性の原理」からは、固有時での時刻が、物理的時間のなかでは、幅を持つことが帰結します。

「ニューロンBが、ニューロンAの時刻t=0における発火によって、正の影響を受けて、その結果発火したとする。その時刻が、例えばt=10ミリ秒であったとしよう。

 この時、ニューロンAの時刻t=0における発火とニューロンBの時刻t=0ミリ秒における発火は、固有時τとしては同時なのである。すなわち、

 「t=0」(ニューロンA)=

 「t=10ミリ秒」(ニューロンB)=

 「τ=0」(ニューロンA、ニューロンBに共通な固有時)

と言うことになるのである。」(同書105)

「物理的時間の中ではじわじわと伝わっていく因果の連鎖を、心理的な時間の中では、ぴしゃっと瞬間に「つぶしてしまう」のである。」(同書107)

「認識の時空において局所的なプロセス」は、「物理的時空において局所的なプロセス」(同書108)となります。

これは非常に興味深く、重要な主張です。

しかし、では固有時における時間経過や時間的前後関係を、どう定義したらよいのでしょうか。二つの固有時が異なることは、どのように定義され、どのように知覚されるのでしょうか。

今仮に、Aの発火がBの発火を引き起こし、Bの発火がCの発火を引き起こすとしましょう。

このとき、Aの発火とBの発火は、固有時の同時性の定義からして同時です。Bの発火とCの発火もまた、同様に、同時です。

このように考えるならば、ニューロンの発火の連鎖は、どんなに長くなっても、全て同時であることになります。私智の野内のニューロンの発火は連続して継起しているとすれば、これは不都合なことになります。固有時における時間経過や時間的前後関係をどう説明するかは、今後の改題にあります。それは短期記憶や長期記憶の説明にとても必要なことです。

次回は、いよいよクオリアの説明を紹介したいとおもいます。