175 時間と空間の規則性について (Regarding the regularity of time and space)(20260531)

[カテゴリー:問答の観点からの認識]

(正当化から正統化へ、という哲学の転換については、命題から問答へ、という哲学の転換との関係をより詳細に明らかにしていくつもりですが、いったん時間論に戻ります。)

時間と空間は規則性をもつ

ニュートンの絶対時間・絶対空間の等質性は、時間や空間に関する一種の規則性である。アインシュタインの一般相対性理論における時間の性質も、別の種類の規則性である。両者の規則性は異なるが、その違いは、私たちが時間や空間をどの程度の精度で記述しようとしているか、すなわち時間や空間についての問いの目的(より上位の問い)の違いに由来する。

ところで、時間や空間の規則性についての認識は、私的には成立しない。なぜなら、〈時間と空間がある規則性をもつこと〉と〈時間と空間がある規則性をもつと信じること〉 を、私的には区別できないからである。これらを区別するためには、時間や空間の規則性に関する認識について、他者の承認が必要となる。

「規則に従うこと」と「規則に従っていると信じること」を私的に区別できないという主張に対して、次のような反論が考えられるかもしれない。 「それを私的に区別する方法は一つある。それは、時間経過による私的なテストである」という反論である。たしかに、「規則に従っていると信じていたが、後から考えると、実際には従っていなかった」ということはあり得る。しかし、 〈時間が経過したということ〉と〈時間が経過したと信じること〉 の区別は、私的にはやはり不可能である。

さらに、「区別の他者による承認」というテストを持ち出しても、同じ困難が生じる。すなわち、 〈区別が他者により承認されていること〉と〈区別が他者により承認されていると信じていること〉 を私的には区別できない、という困難である。これは、 〈相互承認が成立していること〉と〈相互承認が成立していると信じていること〉 を私的に区別できないという困難と同型であるように思われる。

では、この困難に対して、私たちはどのような態度をとるべきなのだろうか。

18 社会の構成と社会の分断(Social construction and social division) (20250708)

[カテゴリー:平和のために]

最近、「分断」という言葉がよく使われます。世界にも日本にも分断が広がっています。

ウクライナとロシアの戦争、イスラエルとパレスチナの戦い、イスラエルとイランの戦争、EUにおける極右の台頭、アメリカのトランプ旋風、これらの「分断」をどうとらえ、どう克服したらよいのでしょうか。この今日のコミュニケーションの困難は、冷戦時代のコミュニケーションの困難とは、少し違っているように思います。それを少しづつ考えたいと思います。

まず、次のA1とA2、B1とB2を基本的事実として、押さえておきたいと思います。

A1:全面的懐疑主義の不可能性

懐疑は、問いによって成立するが、問いは前提を必要とするから、すべてを同時に問うことは出来ない。

A2:社会の全面的な分断は不可能である(社会は底割れしない)。

社会が分断されるためには、意見の対立が必要である。そして、意見の対立は、問いの共有を前提とする。それゆえに、社会の全面的な分断は不可能である。

*社会が底割れしないのは、対立する限りは問答の共有があるからである。

規範の対立があるとき、そこには問いの共有がある。問いの対立であれ、答えの対立であれ、事実の対立であれ、規範の対立であれ、対立があるところには、問いの共有がある。対立があるということは、議論が始まっているということである。

これと対立する次の主張も可能である。

B1:規則遵守問題の解決不可能性

 語の使用規則を遵守していることの「完全な」正当化は不可能である。

B2:完全な相互承認の不可能性

このB1とB2について、次に説明します。