58 振り返りの後、伝達意図へ (20221225)

[カテゴリー:人はなぜ問うのか?]

このカテゴリーの第45回から:現代神経科学における、K.フリストンの「自由エネルギー理論」、「能動的推論」、ヤコブ・ホーヴィの「予測誤差最小化メカニズム」の議論を紹介し、それと問答との関係を考察してきましたが、(議論が錯綜して進んでいないので)これまでの経緯を振り勝っておきたいと思います。

ベイズ推論あるいは能動的推論も、推論である以上は、問答推論になっていると思われます。つまり、その推論は問いによって始まり、問いの答えを見つけることによって完了する、ということです。しかし、能動推論や予測誤差最小化メカニズムが前提する問いというものは、もちろん<見かけ上の問い>であって、意識的な問いではありません。

ベイズ推論を問答推論として説明できることを明確に示めそうとしたのですが、ベイズ推論の理解が不十分なために明確に論じられないので、第54,55回から「「問い」を予測誤差最小化メカニズムによって説明する」ことに取り組み始めました。しかし、言語による「問い」や「問答」は、非言語的な探索とは異質であるために、それらを予測誤差最小化メカニズムによって説明するとしても、<見かけ上の探索>や<非言語的な探索>を予測誤差最小化メカニズムによって説明するのとは違った仕方で説明する必要があることが明らかになりました。

・<見かけ上の探索>を説明する予測誤差最小化メカニズムは、神経組織のメカニズムです。

・<非言語的な本当の探索>は、意識が成立した段階での探索、つまり意識された欲求(情動)を満たすための探索です。したがって、これを説明するには、より高度の神経組織のメカニズムが必要になると思われます。

・<言語的な探索>は、言語的な探索、つまり問いに答えようとする過程であり、さらに高度の神経組織のメカニズムを必要とするはずです。そして、この意識的な問答過程は、意識的な予測誤差最小化メカニズムとして理解することができます。つまり問いが答えの半製品であるという意味で、答えの予測(あるいは予測の半製品)であり、その答えを探求する過程は、予測誤差最小化のプロセスだと理解することもできます。このように問答過程を予測誤差最小化過程としてとらえるとき、それは(究極的には何らかの神経組織のメカニズムに依拠するとしても)ニューロンネットワークの活動ではなく、概念の意味に依拠して理解可能な、あるいは構成可能なプロセスです。

ニューロンネットワークが行う予測誤差最小化メカニズム(ベイズ推論)と、人間が意識的意図的に行う問答推論としての予測誤差最小化過程(意識的なベイズ推論)を区別しなければなりません。

この後者が、前者の基礎の上にどのように成立するのか、またどのように発生するのか、これを明らかにすることが課題(第45回以後の考察の最終課題)です。

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さて、前回の話に戻りたいと思います。

前回見たように、人間の新生児は、無意識的に他者の表情や身振りの模倣をします。そして、<無意識の模倣が身振りや発声の模倣となること>、さらに<模倣の反復からある身振りや発声がパターンとして同定されるようになること>を推測できます。さらに<このような身振りや発声が意識的なものになるとき、それにともなう行為連関を伝えることを予期し、その伝達を意識的に行うようになる>と推測できます。

 ある行為連関を伴う身振りや発声を習得しているとします。では、そこから、身振りや発声によってその行為連関を伝えようとする意図(伝達意図)はどのようにして発生するのでしょうか。これが今回の課題です。

<ある事実に注意してほしい>という意図を他者に伝達しようとする意図(伝達意図)は、<ある事実に注意している>という状態を、他者と共有することを目指しています。つまり、共同注意を目指している意図だと思われます。そうだとすると、伝達意図は、(他の対象でも同じ対象でもよいのですが)ある対象への共同注意の経験を前提します。

 知覚や注意は、予測誤差最小化メカニズムによって成立するのですが、共同注意もまた予測誤差最小化メカニズムによって成立するのでしょうか。これを次に考えたいと思います。

52 ベイズ推論は問答推論として成立する (20221020)

[カテゴリー:人はなぜ問うのか?]

まずベイズ推論と問答推論の関係を説明します。

#ベイズ推論は、問答推論として成立する

ベイズ推論も推論であるなら、前提から結論を導出するという形式になっているはずです。そしてそこでも、前提から論理的に導出可能な結論の候補は複数あるでしょう。したがって、そこで一つの候補を結論として選択するときには、問いが働いているだろうと推測します。つまり、ベイズ推論もまた、問答推論として成立すると推測します。以下がその説明です。

  ベイズの定理:  =P(X|A)P(A)/P(X)

 この定理は、次のように変形します。

    = P(A)(P(X|A)/P(X))

そうすると、この式は次のように理解できます。

<主観確率P(A) に、係数 P(X|A)/P(X)を掛けることにより、証拠 X を加味して、より客観性の高い確率 P(A|X) を求めることができる>

このようなベイズ推論の前提は、P(A)とP(X|A)/P(X)であり、結論は  です。これらの前提が成り立つとは、<P(A)がある値aとなる、つまりP(A) = aが成り立つ>、かつ、< P(X|A)/P(X)がある値bとなる、つまり P(X|A)/P(X)=bが成り立つ>ということです。結論P(A|X)が成り立つとは、<P(A|X)がある値cとなる、つまりP(A|X) = cが成り立つ>ということです。

しかし、P(A) = aとP(X|A)/P(X)=bから帰結するのは、P(A|X) = c であるとは限りません。例えば、 P(X|A)/P(X) P(A) = (P(X|A)/P(X))/P(A) もまた帰結します。ここでP(A|X)が結論として選ばれるのは、問い「P(A|X)はいくらか?」あるいは「「P(A|X)はcであるか?」に答えるためであり、この推論がこの問いに答えるためのプロセスとして行われているからです。

次に、この問いとベイズ確率がどう関係しているのかを説明します。

#ベイズ確率と問答の関係

ベイズ確率P(y|x)は、事象xが起きた時に、事象yが起きる確率を表します。このようなベイズ確率は、問答の関係に似ています。今次の問答があるとします。

①「これは何ですか?」「これはリンゴです」

問答①は、「これ」が指示する対象が存在することを、問いの前提(問答の前提)としています。今仮に、事象xを命題「これが対象aを指示する」で、事象yを命題「対象aがリンゴである」で表すことにします。このとき、ベイズ確率P(y|x)は、事象xが成り立つとき、事象yが成り立つ確率を表しますが、事象xが成り立つとき問い「これは何ですか」が成り立つとすると、次のようにいえます。

  P(y|x)は、①の問いが成り立つとき、①の答えが成り立つ確率を示す。

一般的には次のように言えるでしょう。

<問いQは、常に何らかの前提をもち、問いが成立するためにはその前提が成立することを必要条件とします。ここで問いQのすべての前提の連言が表している事象をpとするとき、問いある問いQに対して、Qのある答えが表している事象をaとするとき、その答えがQの正しい答えとなる確率は、P(a|p)と表現できます。>

(この後、見かけ上の能動的推論と問答としての能動的推論の区別、にまで話を展開しなければ、一区切りとはならないのですが、実は「自由意志」についての学会発表のための準備が切迫してきましたので、新しいカテゴリー「自由意志と問答」を立ち上げ、一か月ほどそこに書き込みしたいとおもいます。ここでの議論の続きは、一か月後、11月の下旬に再開したいと思います。)