ERと私的な人生観

これはひょっとして著作権侵害? ERのHPから写真を転載しました。

 最近よくERの再放送を見ます。面白いです。
 ERの登場人物たちは、あまり幸せになりません。登場人物の一人ひとりが様々な悩みを抱えて生きています。問題を抱え、悩み、戦い、努力して、それでもあまり幸せにはなれません。おろかな生き方、おろかな死が、描かれることもありますが、しかし賢明な生き方、立派な死に方が描かれることもあります。そんな中で、もし登場人物、例えば死んでしまったグリーン先生やカーターに生きがいは何かと問うたならば、
  人を愛すること、
  人の評価と関係なく自分で誇りの持てる仕事をすること、
という答えが帰ってきそうな気がします。あるいは、もっと控えめに、
  人を愛そうと努力すること
  人の評価と関係なく自分で誇りの持てる仕事をするように努力すること
と答えるかもしれません。

 さてさて、以上はまったく私的な人生観です。これは私が議論したいと考えている「哲学的人生論」とはことなります。なぜなら、「哲学的人生論」では、哲学的に議論できる限りで人生について語ることを意図しているからです。しかし、人生について哲学的に(あるいは、ここでは殆ど同じ意味なのですが、学問的に)議論できることは、非常に少ないかもしれません。その場合には、殆どの事柄を個人の選択にゆだねることになります。しかし、その場合にも、個人は様々な人生観を持つことが不可避です。
「人生観」というのは、このBlogでは、そのような学問的な議論にならない、「私的な主観的な人生についての意見」という意味で用いたいとおもいます。

 私的な人生観を垂れ流すのは、よくない、と友人にしかられそうなので、できるだけしないようにしたいと思うのですが、生身の人間ですから(これは意味不明?)なかなかそうもいきません。
 ということで、今回書いてみました。