27 志向性と発話行為の類似点 (20210303)

[カテゴリー:問答推論主義へ向けて]

サールは『志向性』では、動物の意識や志向性についてはほとんど言及せず、もっぱら人間の志向性について論じています。人間の志向性の中には、非言語的なものも、言語的なものもありますが、サールは志向的状態を発話行為との4つの類似性にもとづいて、明確にしようとします。(念のための確認ですが、仮に志向性が言語的なものであったとしても、その言語的な志向性と発話行為は別のものです。次の4つの類似性において、同時に両者の区別も明確になると思います。)

第一に、発話行為は、F(p)で表示され、発話内的力「F」(主張、命令、約束、など)と命題内容「p」から構成されていますが、それと同様に、志向的状態は、S(r)という心理的様態「S」(信じる、恐れる、欲する、望む、など)と表象内容「r」からなるものです。ただし、志向的状態の表象内容は、命題で表現されるものだけでなく、対象である場合もあります。

  信ずる(雨が降っている)

  愛する(サリー)

サールは、志向的状態の構成要素である「表象内容」を、雨が降っているという事実や、サリーという対象ではなくて、それらの表象の内容として考えていると思います。

第二に、発話行為と同様に志向的状態も「適合の方向」をもちます。例えば、主張型発話では、言葉を世界に適合させることが求められており、命令や約束の発話では、世界を言葉に適合させることが求められています。これと同様に、知覚、記憶、信念という志向的状態では、心(表象内容)を世界に適合させることが求められており、欲望、事前意図、行為内意図という志向的状態では、世界を心(表象内容)に適合させることが求められています。

第三に、発話行為は誠実性条件を持ちますが、その誠実性条件は、志向的状態です。例えば、pを主張している時には、pを信じているという志向的状態が、pの主張の誠実性条件です。Aをおこなうと約束するときには、Aを行うことを意図していることが、約束の誠実性条件です。Aを行うことを命ずるときには、Aをしてもらいたいという願望(志向的状態)が、命令の誠実性条件です。「命題内容を伴う各発話内行為の遂行に際して、われわれがその命題内容をともなうある種の志向的状態を表明しているということ、しかもその志向的状態が当のタイプの発話行為の誠実性条件であるということである。」(サール『志向性』坂本百大監訳、誠信書房、11f)

志向的状態は、発話行為の誠実性条件である。

第四に、発話行為は次のように充足条件をもつのですが、同様に、志向的状態も充足条件をもちます。

例えば「言明は、それが真なる時に限って充足されている。命令はそれが順守されたときに限って充足されている。約束はそれが守られたときに限って充足されている」(前掲書13)

このような「充足概念は、明らかに志向的状態に対しても当てはまる。私の信念は物事が私の信ずるとおりになっているときにかぎって充足されるであろうし、私の願望はそれが満たされたときに限って充足されるであろうし、私の意図はそれが遂行されたときに限って充足されるであろう。」(前掲書13f)

私は、『問答の言語哲学』で発語内行為が、それを返答とする相関質問の発話と対応していること、言い換えると、質問発話において、すでに返答となる発話の発語内行為が指示されていることを指摘しました。そこから予測できることなのですが、志向性が発話行為に似ているとすれば、志向性もまた相関質問をもち、相関質問に対する答えとして、成立するのではないか、と思われます。

次回からそれを検討したいと思います。