44 推論と志向性 (20210418)

[カテゴリー:問答推論主義へ向けて]

 志向性が問いないし探求の答えとなることは説明しましたが、では志向性は推論とどう関係するのでしょうか。推論が一般的に問いの答えを求めるプロセスとして成立することについては、『問答の言語哲学』で説明しました。逆に、<問いの答えを求めるプロセスはつねに推論になる>と言えるでしょうか。もし言えたならば、志向性をもつ心的状態もまた推論によって成立すると言えそうです。

 問いもまた前提を持ちますが、それは意味論的前提と語用論的前提に分けられます。意味論的前提とは問いが真なる答えを持つための必要条件であり、語用論的前提とは、問いの発話が質問と言う発語内行為を行えるための必要条件になります(cf.『問答の言語哲学』222-224)。この問いの意味論的前提は、問いの答えの前提(つまり答えが真であるための必要条件)でもあります。そして、問いの前提をp、その答えをrとするときには、p,Γ┣rという推論関係が成立します。(pはrの必要条件であるので、r┣pという推論関係も成立するのですが、しかしまだrを知らないで、問いの答えを求めているときにも、pは問いの前提としてすでに受容されているので、pを前提とし、それに他の命題を加えて、答えを導出しようとすることになります。そこで問いの答えを求めるプロセスでは、p,Γ┣rが成立することになります。)したがって、<問いの答えを求めるプロセスはつねに推論になる>といえそうです。

 ここでの問題は、志向性を答えとする場合です。志向性をもつのは文や命題ではなく、心的状態です。文や命題については、推論関係を言うことができても、心的状態について推論関係を言うことができるのでしょうか。推論に対応する心的状態があるのでしょうか。推論に誠実性条件があるでしょうか。(ちなみに、質問発話には、その誠実性条件として「問う」という心的状態を想定しました。そして「問う」という心的状態が志向性を持つことを説明しました。)

 はたして、推論に誠実性条件はあるのでしょうか。推論もまた、志向性の一種なのでしょうか。

これを次に考えたいと思います。