47 第3章の振り返り(続き)と第4章の振り返り  (20211123)

[カテゴリー:『問答の言語哲学』をめぐって]

#第3章の振り返り(続き)

 第三章では、言語行為を問答の観点から考察しましたが、ハーバーマスが『真理と正当化』(1999)で、おそらくはブランダムの影響を受けて、発話行為について推論主義の立場から次のように分析していることを昨年知りました。

 「語用論的意味理論は、フレーゲとウィトゲンシュタインが発展させた真理意味論の基本テーゼを次のように変更しなければならなくなる。つまり、発話内的行為を理解したとするのは、<何がその行為を受け入れ可能にするか>を分かっている場合であり、また<その行為が受け入れられた場合に、今後の実践にどのような帰結が生じるか>を分かっている場合である、ということである。」(ハーバーマス〚真理と正当化〛三島憲一、大竹弘二、木前利秋、鈴木直訳、法政大学ウニベルシタス、 2016、p.160、< > は引用者による強調)

 これは、ブランダムの推論的意味論と似ていますが、ブランダムは、発話の命題内容の理解をその推論関係の理解で説明したのに対して、ハーバーマスは、発語的行為の理解を、その推論関係の理解で説明しようとしている点がことなります。つまりハーバーマスは、ブランダムの推論的意味論を、拡張しようとしているのです。

 例えばpの「主張」という発語内行為を理解するのは、<何がその主張行為を受け入れ可能にするのか>、つまり<「私はpを主張する」という遂行文発話の上流推論(実践的推論)>の正否を判別する能力を持つことです。また<その行為が受け入れられた場合に、今後の実践にどのような帰結が生じるか>、つまり<「私はpを主張する」という遂行文発話の下流推論>(例えば、「もし問われれば、pの主張の根拠を示す責務を持つ」)の正否を判別する能力を持つことです。

 ちなみにこの「遂行文発話」の上流推論と下流推論については、さらに上流問答推論と下流問答推論へと拡張する必要があるでしょう。さらに、このような推論主義的なアプローチの発語内行為への拡張は、発語媒介行為の理解の説明、ヘイトスピーチの理解の説明、等にも拡張可能です。さらに、全ての行為が実践的知識によって記述されるのですから、行為(その実践的知識)の理解を、その上流問答推論と下流問答推論によって説明することも可能になりそうです。

 私が3.2で行ったことは、発語内行為の遂行文発話の上流実践推論によって説明しただけでしたので、下流推論も考慮すべきでした。またそれを問答実践推論に拡張すべきでした。

#第4章の振り返り

 4.1 では、「論理的矛盾」「意味論的矛盾」「語用論的矛盾」と区別される「問答論的矛盾」の事例を示し、その分類と説明をおこないました。「問答論的矛盾」とは不適格な問いによって引き起こされる問いと返答との間の矛盾です。このような「問答論的矛盾」は、コミュニケーションないし言語的な相互応答のための必要条件を、それを否定すると矛盾が生じるという仕方で示するものです(218)。

 4.2では、まず、問答論的矛盾と照応の関係を考察しました。問答が成立するためには、問いと答えの間に、適切な仕方で照応関係が成立していなければなりません。しかし、問答論的矛盾においては、適切な仕方で照応関係が成立しないことを指摘しました。

 次に、問答論的矛盾における問いの前提について考察しました。問いの前提は、意味論的前提と語用論的前提に区別できるが、問答論的矛盾における答えは、このどちらの前提とも矛盾しません。しかしその前提の承認要求を受け入れていません。問いに答えには、肯定の答えであれ、否定の答えであれ、問いの前提を承認する必要がありますが、それをしないので矛盾が生じるのです。

 4.3では、以上から、問答論的矛盾を避けることは、問答関係が成立するための超越論的条件だと言えるのですが、その主なものを具体的に説明しました。

#相互的な呼応関係の超越論的条件。

  ・絡路の相互確認

  ・言語の相互理解

  ・誠実性の相互確認

#問答関係の意味論的超越論的条件

  ・照応関係

  ・タイプとトークンの区別

  ・言語の規則に従うこと

#問答関係の論理的超越論的条件

  ・同一律

  ・矛盾律

#問答関係の規範的超越論的条件

  ・根拠を持って語る義務

  ・嘘の禁止

  ・相互承認の義務

 4.4では、4.3での超越論的論証が、古典論理に依拠するという限界をもつことを説明しました。

投稿者:

irieyukio

問答の哲学研究、ドイツ観念論研究、を専門にしています。 2019年3月に大阪大学を定年退職し、現在は名誉教授です。 香川県丸亀市生まれ、奈良市在住。