[カテゴリー:問答の観点からの認識]
前回の述べた「逆さ眼鏡」の実験で、逆さ眼鏡をかけたときには、触っている対象の位置とみている対象の位置がずれる。この調整は、どのように行われるのでしょうか。
この調整は、意図しなくても無意識のうちに行われます。では、この調整を意図的に行おうとすると、どうしたらよいでしょうか。考えられるのは次のようなことです。手を動かしてみて、視野の中で手がどのように動くのかを観察することを繰り返せば、手を動かした時の手の位置の体感と視野の中での手の動きを予測できるようになるでしょう。また、逆さ眼鏡をかけてマグカップをつかもうとする前に、眼をつむってマグカップをつかむことを何度かやって、つぎに目を開いて、しかし視覚を気にせずに同じ動作をしてみる。そのとき、視覚の中で手がどう動くのかをよく見ます。そして、このときの視覚の中の手の動きと、手の動きの体感の関係をよく観察します。このようなことを繰り返しておこなうことによって、調整ができるようになるのではないでしょうか。では、このとき、何をおこなっているのでしょうか。
視覚空間は、他のより広い空間の中にあるのではないので、より広い空間の中で、視覚空間をずらすというようなことはできないだろうと思います。それは、触覚空間についても同様であり、触覚空間が、他のより広い空間(例えば、本当の物理空間)の中にあって、そのなかでずらすことによって調整する、というようなことはできないと思います。視覚空間と触覚空間の調整もまた、それらを互いにずらして一致するようにする、ということではありあません。そもそもずらすということができないからです。
では、上のようなやり方で調整するとき、何をしているのでしょうか。それは、ある時点での視覚空間の中のマグカップの位置と、触覚空間の中のマグカップの位置を(ずらすことによってではなく)端的に同一とみなすということです。そのような同一化の積み重ねの中で、二つの空間の調整を行うのです。ただし、同一とみなすといっても、視覚空間と触覚空間は、そもそも独立していて、無関係です。ですから、これは二つの空間のずれを、ずらすことによって元通りにするということではなく、二つの空間の関係を「もう一度」再設定するということだと思います。「もう一度」というのは、乳児は、触覚空間と視覚空間の同一化の設定を行っていたはずだからです。(モリヌースク問題で取り上げられる)先天盲の人が、眼が見えるようになった時にも、同じような同一化をおこなうと思います。
この「同一化」は、プロジェクションマッピングのように、一方の空間の上に、他方の空間を「投射」することではありません。
もし私たちが素朴実在論を採用するならば、素朴実在論が直接に見たり触ったりしているとみなす対象や空間は、このような「同一化」によって構成された対象や空間になるでしょう。しかし、そのような対象や空間は、構成されたものであって、世界(ないし事実)そのものではないように思われるかもしれません。それでは素朴実在論に反することになるでしょう。これについて次に考えたいと思います。