悪意のポジティヴ・フィードバック

        議論に橋をかける?

恩おくりは、<ある人から恩を受けて、それを別の人に返すこと>である。これが逆の順序でおきることもある。つまり、<ある人に恩を与えて、あとから、別の人から同種の恩を受ける>ということである。たとえば、<親の介護をして、年をとってから、子供から介護してもらう>ということである。この結びつきが弱くなると「情けは人の為ならず」ということになる。しかし、この格言は、このような弱い関係が世の中に成立していると主張している。

八つ当たりは、<ある人から不当な不利益を受けて、それを別の人に返すこと>である。これが逆の順序になると、<ある人に不当な不利益を与えて、あとから、別の人から同種の不利益を受ける>ということになる。この関係を表現しているのは、「バチが当たる」という言い方である。「天網恢々疎にして漏らさず」もまたこのような関係が世の中に成立していると主張している。(「八つ当たり」と「バチ当たり」の音が似ているのは偶然だろうか?)

我々は、自分では、恩返しや仕返しをしたいと考える傾向があるだけでなく、それと同じように、<世の中では、善行には善行が返され、悪行には悪行が返される>と考える傾向があるようだ。各地の紛争を見ていて、何時も思うことだが、復讐を繰り返していては、何時になっても平和にはならない。我々が平和を求めようとするならば、我々は「復讐」という観念を批判しなければならない。しかし、「復讐」はより一般的な思考方法と結合している。「恩返し」「仕返し」「恩送り」「八つ当たり」「情けは人のためならず」「罰当たり」などの思考は、これまで見てきたように、共通の根をもっている。その共通の根をみとめつつも、「仕返し」や「復讐」を批判するには、1月26日に述べたような考えをするしかないかもしれない。

ところで、このような素朴な悪意の説明では、現代における特異な悪意の頻発を説明できないだろう。(もっとも、特異な悪意が、本当に現代において頻発していると言えるのかどうか、これを確認する必要がある。このことは、ジャーナリズムや社会学者にとっての重要な過大なのではないか?)

特異な悪意について、おそらくシステム論的家族療法では、最初に生じた小さな悪意が、ポジティヴ・フィードバックによって亢進して犯罪にいたると考えるだろう。そのような悪意のポジティヴ・フィードバックは、人間関係が単純なところで、起きやすいのではないか(これは数学的に証明できるのではないだろうか)。現在は、核家族化、小子化で、家族の人数が減少し、家庭での人間関係は単純になり、そのためにポジティヴ・フィードバックが起きやすくなっている。また、社会での人間関係も希薄になっている(と言われている)ので、そのために家庭の外でも、学校や会社名でポジティヴ・フィードバックが起こりやすくなっている。この原因は、人間関係の希薄化だけでなく、その集団での価値判断が、モノカルチャー化しており、成績や業績やお金儲けなどに関する価値判断が支配的になることによって、人間関係が単純化し、ポジティヴ・フィードバックが起こりやすくなっているということも予想される。

投稿者:

irieyukio

問答の哲学研究、ドイツ観念論研究、を専門にしています。 2019年3月に大阪大学を定年退職し、現在は名誉教授です。 香川県丸亀市生まれ、奈良市在住。

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